日本が世界に発信した「食品の3大発明」の一つに数えられるカニカマ。スギヨ(石川県七尾市)が生んだアイデアと、大崎水産(広島市)が練り上げた製造イノベーションによって、1970年代後半には国内の水産大手やかまぼこメーカーが次々と参入して市場が拡大した。世界的に高価なカニの代替食品は海外でも需要があると考えた各社は、矛先を先進国の消費マーケットにも向け始めた。(文中敬称略)

大崎水産が開発したスティック型カニカマは世界のスタンダードになっていった
大崎水産が開発したスティック型カニカマは世界のスタンダードになっていった

 スギヨがカニカマで海外進出を模索し始めたのは1975年。カニの身をほぐしたようなフレーク状の繊維を、魚肉のすり身で結着させてカニ脚のようにした「ゴールデンかにあし」を開発した年だ。カニカマの味と食感に目をつけた大手商社などによって欧州、オーストラリア、南アフリカなどへの輸出が始まったほか、米国市場にも売り込む機会が巡ってきた。

スギヨでカニカマ開発の中心人物だった清田稔=左=と、海外進出をサポートした日南通商社長の大矢雅彦
スギヨでカニカマ開発の中心人物だった清田稔=左=と、海外進出をサポートした日南通商社長の大矢雅彦

 きっかけの一つは、創業したばかりの小さな商社、日南通商(東京・千代田)との取引だった。当時の日南通商は、料理人出身だった社長の大矢雅彦と社員1人のみという小所帯。会社設立まもない大矢は、スギヨのカニカマを営業担当として全国で売り歩いた宮崎忠巳との付き合いがあった。やる気にあふれ、人あたりの良い大矢に好感を持っていた宮崎が声をかけた。

 「今度、かにあしをアメリカでも売ってみたいのだが、協力してもらえないだろうか」

 ゴールデンかにあしを食べてみた大矢は「これは海外でも絶対に売れる」と直感。大矢は石川県七尾市にあるスギヨ本社を訪れ、「米国で売れば市場は必ず大きくなります」と協力を申し出た。

航空会社の機内食から米国での普及に着手

 米国側のパートナーに選んだのは、カリフォルニア州サンフランシスコに拠点を置くベレルソン・カンパニーだった。同社社長のデイビッド・ベレルソン・ジュニアと接触した大矢は、日本人が古来食べてきた魚肉の練りものとは違う、現地の料理にも使える可能性が高いカニカマについて説明した。

 実際にレストランなどでテストマーケティングをしてみると、廃棄率が低かった。「アメリカ人も、ちゃんと食べている」と大矢は自信を深めた。ベレルソンもこの結果に気を良くして、米国系航空会社のユナイテッド航空がビジネスクラス以上で提供する機内食への採用を仕掛けた。

 ベレルソンは87年3月に米ニューヨーク・タイムズ紙が掲載した「全米で魚食が拡大」という見出しの記事で、こうコメントしている。

 「すり身はパン屋にとっての小麦粉のような素材で、あらゆる料理をつくり出せる」

 ユナイテッド航空には輸出用コンテナ半分にもおよぶ量を納入した。当時の機内食用メニューを見ると、「シーフード・クレープ」と記されており、「驚くべき低脂質かつ低コレステロール、不要なカロリーを削ぎ落としながら自然の風味と栄養素を保持した最良のシーフード」という文言が読み取れる。実際に食べた乗客の評判も上々だったという。

続きを読む 2/4 円高で輸出から現地生産にシフト

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り3243文字 / 全文4610文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、10年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「世界を変えた日本発イノベーション」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。