ただ、冬の厳冬期に温度がセ氏1度まで下がる水道水1リットルを急速に加熱して適温(37.5~38度)にするには「3600ワットもの電力が必要になる」と、林は自著に書いている。少ない水量で快適な洗浄を実現するために水に空気の粒を含ませる方法も模索していたが、その技術は大手家電メーカーが特許を持っていることがわかった。
大きな壁にぶつかった林らの開発チームは、知恵を絞りに絞って新しい吐水方式を考え出した。まず洗浄ノズルから弱く水を吐き出した後、次の瞬間に水を強く細く噴射させる。すると後から出た強い水が先に出た弱い水にぶつかり、表面張力の作用で水の玉になるという。これによってノズルから吐き出す水量を3分の1まで減らしながらも、適温を数分間にわたって吐水し続けることができ、洗浄力も水量も従来通りに感じられるようにした。

こうした革新的な技術の積み重ねが、新しいトイレの進化へとつながっていった。便鉢の外周部で裏に汚れがつきやすいフチをなくし、少ない水量でも汚れがつきにくいナノレベルの表面加工技術「セフィオンテクト」や、便鉢の表面をしっかりと洗う「トルネード洗浄」、省エネ化をさらに進める「おまかせ節電」、流し忘れを防ぐ「オート便器洗浄」や、便座のフタを自動で開け閉めする「オート開閉」――。日本のトイレ技術は、INAX(現LIXIL)や松下電工(現パナソニック)などのライバルとも節水・自動化・節電の各分野で開発競争を繰り広げつつ、世界をリードする存在となった。
創業100周年で、グローバル統一の旗艦モデルを投入
ドイツには欧州拠点であるTOTOヨーロッパ本社があるデュッセルドルフと、南部の都市ミュンヘンに「Kizuna(キズナ)ルーム」と呼ぶショールーム兼研修施設がある。現地の水道工事専門会社で働くマイスターが、ウォシュレットやネオレストシリーズをはじめとするTOTO製品の設置方法と、TOTOそのものについて学べる施設だ。
同社社長の原野は「TOTOの名前を聞いたことがないマイスターでも、その製品に触れると技術に驚き、どんな生い立ちの会社かを理解すると納得してファンになる人がほとんどです。TOTOに入社して世界各地で営業していて良かったと思うのは、『当社はアクアエレクトロニクスでは世界一の技術を持っています』という言葉が偽りではないことですね」と言い切る。

TOTOは創業100年を迎えた2017年に、グローバル統一モデルの最新型として「ネオレストNX」(国内の希望小売価格は税別57万円)を発売した。ウォッシュレット一体形便器の構成を「改めてゼロベースから見直して、デザインと機能を高度に融合させたフラッグシップモデル」と位置付ける。フチなし形状やトルネード洗浄技術も刷新し、温水の吐出も「エアインワンダーウェーブ洗浄」と名付けた新たな技術を取り入れ、「TOTOのフルスペック機能」を持たせた。
便器に使う陶器は、土を焼成する過程で13%も小さくなり、焼き上げた状態できれいな曲面を作り出すのは至難の業だ。それを高度に実現して流線形のデザインを保ちながら、さまざまなエレクトロニクスを駆使する機能を盛り込んでいる。

「デジタルで細かく制御する機能を持たせながら、土から作った陶器を焼くことや、水そのものの扱い方については全くのアナログ。これを高いレベルで融合できるのがTOTOの強みです」と、林は胸を張る。かつて「御不浄」「憚(はばか)り」と呼ばれたトイレを、快適で清潔な空間に変貌させていった技術は、世界各地で新たなトイレ文化を生み出そうとしている。
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