林は「絶対に普及するとの確信はありましたが、水回り製品なのに電気を使うということで拒否反応もありました」と、苦闘した当時を振り返る。訴訟社会の米国では、感電事故を引き起こしかねない水と電気を同じ場所で使う製品は顧客から訴えられるリスクがあり、扱いには慎重になっていた面もあった。
「そもそも米国で普及していない商品なので、工業製品としての規格が定まっていないことにも苦労しました」と、林は付け加える。「これまでにない商品なのに、最初は以前からある商品の規格を当てはめようとされました。暖房便座なので電気ストーブの規格で考えられ、燃えないようにする必要がある。でも、そのために余計な機能を付けるとコストが見合わないし、製品も大きくなってしまいます。これには悩みました」

米国で温水洗浄便座の規格づくりに挑む
そこでTOTOは米国で温水洗浄便座の規格づくりに乗り出した。工業製品は米国国家規格協会(ANSI)が規格の制定を担う。ANSIに「テンポラリー(一時的)カテゴリー」として温水洗浄便座を分類してもらい、規格制定に詳しい現地の人材を雇い、規格の作成支援会社と協働して規格化を進めた。
林は「標準規格化された商品になれば、現地ではどんな店でも売れるし、工事をするにも売り込みやすくなります。米国で温水洗浄便座の規格が整ったことで、欧州など他の地域でも規格制定が素早くできるようになりました」と説明する。
ただ、規格ができたからウォシュレットが急に人気商品になったわけではない。日本では既存の便座の上に取り付ける形で広まっていったウォシュレットだが、海外では「便座だけ別なものが乗っている」デザインが忌避される傾向が強いという。
欧州の事情に詳しいTOTOヨーロッパ社長の原野は「日本で一昔前に多く出回った、後ろにタンクがある温水洗浄便座や、角張った形の便器は人気がありません。家は美しくあるべき場所と考える人が多く、家具と同じように美しさを求めるのです。自宅のプライベート空間にあってその雰囲気を壊さない、『置いてある所作の美しさ』というようなものを求める傾向が欧米では強いと思います」と解説する。

米国でも当初は高級ホテルでの設置を目指して営業活動をしていただけに、デザインは極めて重視された。米国では当時、タンクと便器が一体化した「ワンピース便器」が好まれており、バスとトイレが同じ部屋にあるホテルのスイートルームなどでは、陶器の美しさを強調できるワンピース便器の引き合いが強いという事情もあった。
98年に米国から日本へ帰任した林は、「ウォシュレットの機能的進化とともに、陶器とウォシュレットが一体となってデザインが美しい『次世代のトイレ』が必要になる」との思いを強くしたという。それ以降、TOTOはウォシュレットの進化を便器と一体化させる形で進めていくようになった。
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