第2の東芝機械ココム違反事件になりかねない!

 ただし、こうした流れが変わり始めています。事の始まりはトランプ政権が中国に対し貿易や投資面で厳しい姿勢を見せ始めたことでした。

トランプ政権は2018年7月から中国からの輸入品に対して追加関税措置を講じ始めました。

兼原:トランプ政権の動きに最初に気付いたのは経産省でした。日本も安全保障の観点から対中機微技術流出問題に対応しなければ、第2の東芝機械違反ココム事件が起きかねない、との危機感を抱いたのです。

 経産省の気づきを機に、政府はほぼすべての省庁の官房長を集め、軍事に転用可能で、中国に流れては困る機微技術について協議を開始しました。しかし、この協議はすぐ行き詰まりました。文系出身の官房長では技術が分からないからです。

 次に技官を集めて協議しました。しかし、それでも話し合いは進みませんでした。軍事技術など考えたこともない人が多いので、どの技術が軍事に転用し得る機微技術なのか分からないからです。頼みの防衛省も、自衛隊が扱う防衛装備の技術は把握しているものの、民の側にある技術は把握していませんでした。

 安全保障と経済政策の間は完全に分断されていたのです。

 しかし、この協議を振り出しに、財務省及び経産省が外国為替及び外国貿易法(外為法)を改正し2020年6月から全面適用を始めました。「国の安全」「公の秩序」「公衆の安全」「我が国経済の円滑運営」に関わる上場企業の株式を外国投資家が1%以上取得する場合、政府への事前届け出を求める措置です。従来は10%がしきい値でした。この仕組みにより、企業への出資など“表玄関”から機微技術を取りに来る動きは“探知”できるようになりました。

 重要なことは、この法改正を機に、関係省庁で、対内投資を通じた海外技術流出に関して危機意識が生まれ、総理官邸(内閣官房)を中心に各省庁が協議するようになったことです。プチCFIUS(対米外国投資委員会)のようなものが日本にも立ち上がりました。

諸外国の大使館に笑われる技術戦略

安全保障をめぐる産業政策でこれから重視すべきは何でしょう。

兼原:新たな技術を生み、育てることです。技術を「守る」方は、がんばって外為法を改正しました。次は、「守る」と共に車の両輪を成す「育てる」の番です。

具体的にはどんな措置が考えられますか。

兼原:今まで学界や国研経由で4兆円の税金を研究開発費として投入してきました。けれども、アカデミアは伝統的に決して防衛省や安全保障には協力しないという姿勢ですので、全く別の予算ルート、研究拠点を作るべきです。

 例えば、防衛省と経産省、総務省が協力して国家安全保障に貢献する量子・サイバー関連技術の研究所をつくり、日本中から学者、企業の研究者や技術者、優秀な政府技官、自衛官を集める。米国のロスアラモス国立研究所やローレンス・リバモア国立研究所をイメージすると分かりやすいでしょう。

 毎年、1兆円規模の資金を注ぎ込んで、自由に研究させる。失敗しても責任は問わない。なぜなら、単なる産業政策ではなく、国を守り、自衛官の命を守る技術の話をしているからです。だから、①ウルトラハイリスクをいとわない、②巨額の資金を注ぎ込み、③失敗を許容する、の3点が重要です。

 こうした環境を整えれば、優秀な技術者が集まります。先日、上場企業に勤める技術者が集まるクラブで講演する機会がありました。こうした構想を話したところ、彼らはやる気満々でした。「国が予算をつけてイニシアチブを取ってくれれば何でもやる」と。

 加えて、研究テーマを決め、巨額の予算を配分するため目利きの機関をつくる。日本版DARPA(米国防高等研究計画局)のようなものです。重要な民生技術を見抜く力を持つ人材が防衛省には少ないから、やはり、民生技術に詳しい経産省、総務省の人材に軍事を勉強してもらう必要があります。

 DARPAは有望なアイデアであれば学生にも試作品作製のため500万円程の資金をポンと支給します。それに見込みがあれば、ベンチャー立ち上げのために1000万円を投資する。失敗しても責任を問うことはありません。新型コロナワクチン開発で一挙に名をはせたモデルナもDARPAの資金を得て成長した企業だといいます。

 日本には優れた民生技術がいくらでもあります。そして最先端の研究をやりたい技術者もいくらでもいる。いないのは、日本の優れた民生技術を国家安全保障に役立てようという官側の人材と組織と予算です。諸外国の在京大使館の人々は、日本の技術をめぐる現状を笑って見ています。「これだけすごい技術があって、これだけすごい技術者がいて、安全保障に生かす仕組みが全くくない国は日本だけだ」と。

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