国家安全保障に関する外交・防衛政策を企画立案する国家安全保障局で次長を務めた兼原信克氏は「憲法9条が保持しないとしたのは軍隊だけではない。防衛産業をはじめとする重工業も対象だった。初期の占領政策は、日本をぺちゃんこにする考えだった」と指摘する。それゆえ、防衛産業を対象とする産業政策は講じられてこなかった。同氏に聞いた。

(聞き手:森 永輔)

日本国憲法を英語で読んでみると(写真:ロイター/アフロ)
日本国憲法を英語で読んでみると(写真:ロイター/アフロ)

兼原さんは講演で「日本は安全保障に関わる産業政策を講じてこなかった」と話されています。それは、どういうことですか。

兼原信克・前国家安全保障局次長(以下、兼原):日本はこれまで、①安全保障の世界と②経済・産業・金融、③メディア・学会が分断されてきたからです。①と②③の間に溝がある。

<span class="fontBold">兼原信克(かねはら・のぶかつ)</span><br />同志社大学特別客員教授。1959年生まれ。1981年に東京大学法学部を卒業し、外務省に入省。内閣官房内閣情報調査室次長、外務省国際法局長などを歴任した後、2014~2019年10月に内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長。著書に『戦略外交原論』『歴史の教訓:「失敗の本質」と国家戦略』などがある。(写真:加藤 康、以下同)
兼原信克(かねはら・のぶかつ)
同志社大学特別客員教授。1959年生まれ。1981年に東京大学法学部を卒業し、外務省に入省。内閣官房内閣情報調査室次長、外務省国際法局長などを歴任した後、2014~2019年10月に内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長。著書に『戦略外交原論』『歴史の教訓:「失敗の本質」と国家戦略』などがある。(写真:加藤 康、以下同)

 先の大戦の後、①安全保障に関わってきたのは外務省と防衛省、警察だけ。経済産業省をはじめとする経済官庁は「経済しかやらない」という姿勢を変えずに来ました。経産省には今も軍事アレルギーが残っています。

 戦後の政権を見ても、吉田政権と岸政権は安全保障を重視していました。岸信介首相(当時)が進めた安保改定は大きな騒動になりました。そのためか、その後を襲った池田政権以降、中曽根康弘首相(同)が登場するまで、安保は横に置いて、経済成長一本の政権が続いたのです。

 中曽根氏の後も安倍晋三首相(同)が現れるまでずっと経済中心でした。例外は、北朝鮮の核問題に対応して小渕恵三首相(同)が周辺事態法を作り、NATO(北大西洋条約機構)軍まで出動した9.11米同時多発テロへの対応で、小泉純一郎首相(同)が不朽の自由作戦に海上自衛隊を送り込んだくらいです。

憲法にある「war potential」とは

この3者の間に溝があるのはなぜですか。歴史的な経緯があるのでしょうか。

兼原:一言で言うと戦争に負けたからです。戦争放棄を宣言したといわれる憲法9条2項にある「戦力」というのは、実は防衛産業をはじめとする重工業のことを指します。

え、そういうことなのですか。

兼原:同項を英文で読むとよく分かります。

In order to accomplish the aim of the preceding paragraph,land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.

 「war potential」は重工業を指します。連合国の初期の占領方針は、日本を二度と立ち上がらせないという非常に厳しいものでした。完全に非武装にするのみならず、重工業も奪って完全にぺっちゃんこにする。ドイツでも、石炭、鉄鋼、原子力の各産業が国際化され、軍隊はNATOに組み込まれました。

 現実は、この後に冷戦が本格化し、米国は、日本再武装、日本経済復興へと占領方針を反転させました。吉田茂首相(当時)は、旧陸海軍の政治勢力復活を排除しつつ、ソ連、中国、北朝鮮という強大な共産圏軍事ブロックに対峙し、かつ、荒廃した経済を立て直さなくてはなりませんでした。吉田が選んだ路線は、軽武装と米国との同盟でした。吉田の決断が、日本を今の姿へと引っ張っていったのです。

 しかし、③のメディア・学会は、GHQ(連合国総司令部)の初期占領方針に呼応して「日本は徹底的に非武装した方がよい」と考えました。②の経済官庁も同様に「経済至上主義で行く」と決めたわけです。

 国内に強い平和主義が興ったこともあり、日本は西側でも珍しく、野党の社会党がソ連側に軸足を取りました。よって、皮肉なことに日本の非武装はソ連及び社会党の方針として引き継がれたのです。社会党、労働組合、学生運動家が「反米帝国主義」「反資本主義」の政治的潮流の中で、非武装を強く支持するようになりました。

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