この記事は雑誌『日経ビジネス』10月25日号で『溶ける軍民の境界線 分断で苦境に立つ日本』『「異形の産業」を脱却 防衛が日本経済を救う』として掲載した記事を再編集して掲載するものです。

米国と世界の覇権を争う中国の力が増す中、外交力を駆使して危機を封じ込めることが重要だ。ただし、抑止にも意思と「能力(防衛力)」が必要となる。その一翼を担う防衛産業が「異形」の歴史から抜け出せずにいる。日本の防衛産業の弱体化を防ぐために必要なこととは何か。

 「第1列島線がいま、世界の安全保障のフロントラインになっている」。自衛隊で政府組トップの統合幕僚長を務めた河野克俊氏は日本を取り巻く安全保障環境の現状をこう認識する。第1列島線とは、日本列島及び南西諸島から台湾、フィリピンを経て南シナ海にかかるラインを指す。「中国はこのラインの内側は自国のコントロール下にあると主張する」(同氏)

 米ソが対立した冷戦時代のフロントラインはドイツのベルリンにあった。西ベルリンを取り囲む高さ3m、長さ155kmの壁を挟んで、東西の両陣営がにらみあった。その「壁」が、今は「線」に姿を変えて、日本の目の前に存在する。

台湾を挟んで米中がにらみ合い

 とみに注目を集めているのは、第1列島線上にある要石、台湾だ。中国の習近平(シー・ジンピン)政権は、「武力による威嚇」をてこにした台湾統一にかじを切った。専門家はこれを「強制的平和統一」と呼ぶ(関連記事:中国は台湾の「平和統一」に絶望した)。中国は2021年10月に入り、威嚇の度合いをこれまで以上に強め始めている。10月4日には、台湾が設定する防空識別圏の中に中国軍の戦闘機など延べ56機が侵入。これまでで最多を記録した。同国家主席は同月9日、辛亥革命110年記念大会で演説し、台湾統一は「歴史的任務」であると改めて発言した。

 これらの動きと相前後して、米国も同盟国とともに軍事演習を展開している。10月2~3日に、日米を含む6カ国が沖縄沖で共同演習を実施。米国と英国の空母は今後南シナ海での演習を予定する。

 10月7日には、米中の外交トップが対面での会談に臨んだ。米国のジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、台湾の安全保障に関与する方針を改めて表明した。中国はこれを内政干渉として反発する。台湾海峡を取り巻く緊張が収まる気配はない。

 我々はこの緊張を武力衝突に発展させてはならない。台湾海峡が遮断されれば、シーレーン(海上交通路)を断たれた日本経済は大混乱する。台湾が戦場となれば、先島諸島は嫌でも戦域に含まれる。

中国は第1列島線を意識し、軍備を拡張している(写真:ロイター/アフロ)
中国は第1列島線を意識し、軍備を拡張している(写真:ロイター/アフロ)

 第一義的には、外交力を駆使すべきだ。外交が重要であることは論をまたない。ただし、脅威が意思と能力のかけ算である以上、抑止にも意思と能力が必要となる。外交力で中国の意思に働きかけるとともに、適切な規模の能力(防衛力)で備える。

 この防衛力を支える柱の一つに防衛産業がある。防衛力というと、まず頭に浮かぶのは戦闘機やミサイル、艦艇だろう。これらの装備を開発、製造、維持・整備するのは防衛産業である。この存在なしに、防衛力を語ることはできない。東日本大震災のときに統幕長を務めた折木良一氏は「防衛産業は自衛隊の戦力の一部で、抑止力となっている」と指摘する。

 防衛産業の役割は今後さらに大きくなる。日本は4月、日米首脳会談において防衛力の強化にコミットした。日米首脳共同声明に「日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意した」と書き込んだ。

次ページ 撤退が相次ぐ防衛産業