一方、ガスハイドレートでも分解せずに残存する可能性があります。氷点下の温度でガスハイドレートが分解する場合、解放された水分子が未分解の塊の表面で再凍結して氷のコーティングとなる結果、さらなるハイドレート分解が抑制される(自己保存効果)ことが分かっています(竹谷、2013)。つまり、現在の永久凍土帯でも地表面付近に生き残りのガスハイドレートが分布している可能性があるのです。

 実際、物理探査によると第1クレーターの下60~80mにはガスハイドレート床が存在している可能性が示されました(Olenchenko et al., 2015)。ヤマル地方では永久凍土層が200~500m深まで分布するのですが、商用の天然ガスはそれ以上の深い地層から採掘されています。しかし、ガス田掘削の際には地表に近い20m深からもガスが出る層があることが確認されています。これは、氷期に地表付近で形成されたガスハイドレートが自己保存効果によって、温暖化した現在でも仮安定状態で残ったものと考えられます(Chuvilin et al., 2018)。

 ガス噴出クレーターは出現後2~3年以内に地表水で満たされてしまうので、内部構造についての理解が進んでいませんでした。しかし、最後に発見された第17クレーターでは、浸水前の空洞が残る間にドローン調査が実施されて、内部構造の詳細が明らかになっています(Bogoyavlensky et al., 2021b; 図10)。第1クレーターでも円筒状の出口よりも深部で横穴が存在する可能性が示唆されていましたが、第17クレーターではその横穴の構造がよりはっきりと現れています。これは、ある広がりを持った残存ガスハイドレート床が分解して形成された空間と考えられます。高圧状態になった横穴空間上部の弱点を突いて形成された凍結丘の直下が円筒状に吹き飛んで圧力が解放された、という形成モデルが提唱されています。

図10:最近発見された第17クレーターの内部構造。点線1は、爆発前の地表面の盛り上がり(凍結丘)。点線2と3にガスなどで満たされた空間があったと考えられている(Bogoyavlensky et al., 2021b)
図10:最近発見された第17クレーターの内部構造。点線1は、爆発前の地表面の盛り上がり(凍結丘)。点線2と3にガスなどで満たされた空間があったと考えられている(Bogoyavlensky et al., 2021b)

ヤマル半島特有の現象なのか?

 実は、第1クレーターの発見より前にもガス噴出クレーターは発見されていました。ヤマル半島の東に位置するギダン半島では、トナカイ放牧中の住民によって2013年4月12日に同様のクレーターが発見されています。直径数mの円筒状の穴を見つけた住民は、深さを測るために入り口から100mのメジャーを垂らしてみましたが、先端が底に着くことはなかったということです。この発見は、地元のクラスノヤルスク州で報道されましたが、第1クレーターのような世界的ニュースにはなりませんでした。

 凍結丘が存在していた場所が吹き飛んで大きな穴ができるという現象は、古くは1920年代から報告されています (Vlasov et al., 2018)。例えばバイカル湖東部の永久凍土地帯でも、数キロ先まで聞こえるキャノン砲のような音が聞こえ、凍結丘の場所にクレーターが出現した事例が複数あります。中央アジアのキルギスでは、湖のほとりに存在した凍結丘が陥没した穴となった事例(図11)が報告されています。ヤマル半島でも1930年代の記録があります。“耳をつんざくような音”が遠くの凍結丘から聞こえて、その場所へ行くと大穴の周りに地下氷の塊が見つかったとの報告があります(Andreev, 1936)。このように、ガス噴出クレーターはヤマルから遠く離れた地域でも、また最近に限らず出現していたことが分かります。

図11:キルギス・チャトィルーキョリ湖付近の凍結丘にできたサーモカルストクレーター(Kotlyakov V. M. ed., 1984)
図11:キルギス・チャトィルーキョリ湖付近の凍結丘にできたサーモカルストクレーター(Kotlyakov V. M. ed., 1984)

 ガス噴出クレーターの存在は、陸上に限りません。世界各地の海底にも似たような円形クレーターが確認されていて、ポックマークと呼ばれています(Hovland and Judd, 1988)。ヤマル半島を取り囲むカラ海の底にもポックマークや地上で見られる凍結丘に似た地形が確認されており、周辺から大量のガスが噴出していることも知られています(Portnov et al., 2013; Serov et al., 2015)。

 現在、ヤマル半島の無数の湖沼の中にも円形の湖が見られます(図5)が、地下氷の融解による地盤沈下(サーモカルスト)が原因と考えられていました。しかし、これらの円形湖は過去の気候温暖期のガス噴出によって形成されたのかもしれません(Leibman et al., 2014)。このように、ガス噴出クレーターが多様な環境と時期に出現しているものの、2012年以降の大穴出現数とヤマル半島周辺への集中は出現の特異な偏りと言わざるを得ません。

次ページ ガス噴出クレーターの成因を探る