ヤマル半島に出現した謎のクレーター群

 2014年7月、天然ガス採掘基地に向かってロシア北西部ヤマル半島のツンドラ永久凍土帯上空を飛行していたヘリコプターのクルーが大地を穿(うが)った巨大なクレーターを発見しました。パイロットによると、彼らが乗っていた大型ヘリコプターがいくつか入るくらいの大きさで、真っ暗な穴の中は底が確認できませんでした。この火山のクレーターのような大穴は、隕石(いんせき)の衝突によるものか、あるいはミサイル実験によってできたのか、はたまた宇宙人の着陸した跡なのか、様々な臆測とともに、ヤマルのガスクレーターの映像はネットに乗って世界を駆け巡りました。

 このニュースから約1年間でさらに6つのクレーター出現が報告され、2020年末までに17個のクレーターが発見されています(図1)。今回は、様々な角度から実施された現地調査や研究の結果を紹介しながらヤマル地域の永久凍土地帯に出現したクレーターの謎に迫ります。

図1:2020年に発見された第17クレーター。発見されてすぐに調査隊が現地に入り、内部構造に関する最新知見が得られた(撮影:Evgeny Chuvilin)
図1:2020年に発見された第17クレーター。発見されてすぐに調査隊が現地に入り、内部構造に関する最新知見が得られた(撮影:Evgeny Chuvilin)

永久凍土帯の天然ガス開発

 ヤマル半島のあるロシア・西シベリアの北極圏に近い地域で、数多くの天然ガス田が発見されたのはソビエト連邦時代の1960年代でした。1970年にかけてパイプライン網が整備され、主に西ヨーロッパへ輸出されてきました(本村、2011)。この天然ガス開発の拠点都市の一つナディムには、現在もソビエト連邦の5カ年計画で建設された町並みがそのまま残っています(図2)。ガス田は、冬は極寒の吹きさらしの凍結ツンドラ、夏は永久凍土上の地表面が融解し広大な湿地帯となってしまうので、ガス田開発現場へはヘリコプターでアクセスする必要があります(図3)。

図2:ヤマル半島ガス田開発の基盤都市ナディム。ソビエト連邦時代の雰囲気が町並みに残る(筆者撮影)
図2:ヤマル半島ガス田開発の基盤都市ナディム。ソビエト連邦時代の雰囲気が町並みに残る(筆者撮影)
図3:ナディムとガス田を行き来するヘリコプターMi-8。第1クレーターはヘリのクルーによって発見された(撮影:V.V.Samsonova)
図3:ナディムとガス田を行き来するヘリコプターMi-8。第1クレーターはヘリのクルーによって発見された(撮影:V.V.Samsonova)

 天然ガス産業は、現在までにロシアの国家経済を支えるほど成長してきました。凍土を掘削して天然ガスを採掘し、永久凍土の中にパイプラインを建設して西ヨーロッパまで何千キロも輸送するわけですから、土木技術者たちの苦労は計り知れません。そして、国土のほとんどが永久凍土か季節凍土であるロシアでは、多くの技術者や研究者が凍土学者である必要があるのです。

 特に、永久凍土中に埋設したパイプライン(図4)は、地面の凍結と融解にさらされて大きな圧力を受けます。巨大な地下氷を含む永久凍土が融解すると、地盤沈下によって土地が変形し(サーモカルスト)、埋設パイプラインや建築物が破損してしまいます。2020年には、ノリリスクにおける石油流出事故が北極域の異常高温と永久凍土の融解に関連付けて報道されています。このように、ロシアでは気候変動によって永久凍土の状態が変化することで国家基盤であるインフラが破壊され、人々の生活が脅かされることになります。最近発見された数々のヤマル永久凍土クレーターは、謎の自然現象としての興味対象であるだけでなく、世界の安全保障を脅かし得る出来事として関心が集まりました。

図4:ツンドラの中に建設されたヤマル半島の天然ガス開発施設。複数のパイプラインが地下を這(は)う(筆者撮影)
図4:ツンドラの中に建設されたヤマル半島の天然ガス開発施設。複数のパイプラインが地下を這(は)う(筆者撮影)

 これらの異変のせいかどうかは分かりませんが、「地球温暖化は北の国にとってそんなに悪くない。毛皮のコートを買わなくてもよくなり、穀物の収穫量は増えるかもしれない」と語っていたプーチン大統領の気持ちに変化が表れたようです。大統領は2021年夏、今後2年間でロシアの永久凍土監視網を整備するよう関連研究機関に対して要請しました。

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