もう一つ、近年の気候変化によって「永久凍土が融ける」という記事を目にされたことがあるかと思います。これも実は表現に誤謬(ごびゅう)があり、地球上の永久凍土全体が急速に融けてなくなっているというわけではありません。先に述べた通り、永久凍土は過去の氷期と間氷期という数万年の時間スケールで形成されてきたもので、東シベリアやアラスカ州北部では数百mの深さに達しているところもあります。この全体が地表からの温暖化で融けきるには、熱伝導を計算していくと数千年の時間がかかることになります。

 その意味で、現在の気候変化に対応して起きているのは、「地表面付近での」というただし書きがついた凍土の温暖化と表層からの融解、すなわち活動層の深化ということになります。これは地表からわずか数mの現象となるため大したことがないと思うかもしれませんが、実は非常に大きな影響を与える可能性があるのです。

凍土の中の氷に要注意!

 「永久凍土が融ける」というときに我々研究者が注意しているのは、地下に氷が含まれているか、という点です。連続的永久凍土帯の中には、地下に土壌や岩ではなく氷が大量に含まれている地域があります。これをエドマ層(Yedoma)と呼びます。エドマ層は氷期に大河川の低地でツンドラの景観であった地域において、地面が非常に強く凍結する際に凍結割れ目と呼ばれる裂け目が入り、そこで氷が発達し続けて成立したものと考えられています。

 氷の層は北極海沿岸やシベリアの内陸で40~60m発達しているものが知られており(エドマ層の氷の体積の全貌はいまだよく分かっていません)、崖で大きな氷体が露出しているところでは、まさに融けつつある永久凍土を象徴するような景色が広がっています(写真1)。実際、エドマの語源は諸説ありますが、ロシアの先住民の言葉で“食べられる(侵食される)大地”というものがあり、こうした露出した氷の崖が溶けていくさまを想起させます。最新の推計では、シベリアからアラスカ・カナダ西部にかけて約240万km2(日本の国土面積の6倍以上)の地域にエドマ層の分布しうる永久凍土が広がっていると考えられています。

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写真1:エドマ層(永久凍土層の地下氷)。上:レナ川河口(Jens Strauss博士=アルフレッドウェゲナー研究所=提供)、中:大リャホフスキー島(Luts Schirmeister博士=アルフレッドウェゲナー研究所=提供)、下:レナ川中流域・チュラプチャ近郊(飯島撮影)
写真1:エドマ層(永久凍土層の地下氷)。上:レナ川河口(Jens Strauss博士=アルフレッドウェゲナー研究所=提供)、中:大リャホフスキー島(Luts Schirmeister博士=アルフレッドウェゲナー研究所=提供)、下:レナ川中流域・チュラプチャ近郊(飯島撮影)
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荒廃する永久凍土、サーモカルスト現象とは

 東シベリアのレナ川は流域の8割以上が連続的な永久凍土が分布する地域といわれています。その中流域には永久凍土の最大の都市として知られるサハ共和国の首都ヤクーツクがあります。ヤクーツクにあるロシア科学アカデミーシベリア支部の永久凍土研究所は、日本の凍土研究となじみが深く、1970年代の北海道大学の木下誠一先生の調査を嚆矢(こうし)として、50年にわたる共同研究の歴史があります。私は最近の約20年を知るのみですが、その間起きた大きな環境変化を目の当たりにしてきました。それが、今回最後にお伝えするサーモカルスト現象と呼ばれる地形の変化をともなう凍土荒廃現象です。

 サーモカルストによって、現地がどのようになっているか、永久凍土研究所の研究員が2018年にドローンで撮影した動画をご覧ください(動画1)。不思議な円形にくぼんだ地形が一面に広がり、一部は水没または完全に池になってしまっている様子が分かると思います。また、この地形は森林が伐採されたところで出来始めていることも見てとれます。

動画1:東シベリアのサーモカルスト

 サーモカルスト現象は、活動層とエドマ層との関係で起きています。レナ川中流域は、カラマツからなるタイガが広がる地域で、森林が健全にあるところでは活動層は1m程度しかありません。しかし、人間活動による伐採や森林火災などで耕地化、草原化した地表面になると、日射や気温などの熱が伝わりやすくなることで活動層は急速に深くなり、2m以上に達します。この2mの深さが凍土中に氷を多く含むエドマ層が眠る最上端に当たるのです。エドマ層の融解が始まると、氷が水となって夏の間に蒸発したり流出したりすることで、地下から失われていきます。その体積減少の分だけ地面が沈下していきます(図2)。

図2:サーモカルストの発達による地形と景観変化
図2:サーモカルストの発達による地形と景観変化
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 このように地表からの熱によって、石灰岩地域のカルスト地形のように陥没した景観へと変わっていくさまから、「サーモカルスト」と呼ばれるわけです。氷はかつての裂け目の発達の履歴を持つため、一様に分布しているわけではなく、ポリゴンと呼ばれる多角形から円形の形状となっています。不均質な地形があらわになることで、道路や電線、建築物などのインフラが深刻な影響を受けている様子も分かります。さらにこの変化は2000年代以降に急速に現れつつあることも、かつて永久凍土と共生してきたはずの現地住民にとっては、当惑してこれまでとは異なる対応を求められる状況となっています。

 ここまでお読みいただいた方は、永久凍土について気になってきましたでしょうか? 今回は凍土についての導入的な解説にとどまりましたが、次回以降は各専門の研究者が永久凍土にまつわる様々な事例を濃い内容で紹介します。日本人にとってはなじみのない永久凍土に、何が隠されているのか。様々な視点からひもとかれる知られざる世界にぜひお付き合いください。

 なお、本連載に関係する研究者の多くは、北極域研究のナショナルフラッグシッププロジェクトである北極域研究加速プロジェクト(ArCS II: Arctic Challenge for Sustainability II)に参画しています。北極に関する日本の研究活動やその成果にご関心のある方は、プロジェクトWebサイトで最新の動向をご覧いただけますと幸いです。



今回の著者: 飯島 慈裕(いいじま・よしひろ)
三重大学大学院生物資源学研究科・教授
専門は自然地理学(気候学)、永久凍土科学。東シベリア・モンゴルを中心に、永久凍土地域の環境変化と人々の関わりについて、国内外の分野横断型の調査・研究を行っている。
オンラインオープンセミナーのお知らせ

本連載に関係した北極研究の最前線を一般向けに紹介する、第11回 北極域研究共同推進拠点 北極域オープンセミナー「北極域に係る環境汚染の現状と影響・対策」(参加無料)が2021年10月19日に開催されます。ご関心のある方は、Webサイトからご登録の上ご参加ください(参加登録締め切り:10月17日)。 https://j-arcnet.arc.hokudai.ac.jp/news/open-seminar/23384/

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