バブル崩壊以降、日本人の不安感が増しており、個人の消費も企業の設備投資も低調だ。経済学の分野では社会を動かす「ナラティブ(物語)」の重要性が認識されつつある。景気回復の糸口をつかめぬ今の日本に必要なのは、人々の不安を吹き飛ばす物語かもしれない。大ヒット映画に景気回復のヒントが隠されている。

 遠い昔、極東の一角で日本人は泰平の世を謳歌していた。ある日、黒船が来襲し、近代化という大海原へ乗り出した。日露戦争など様々な試練を乗り越えて、欧米に並ぶ「一等国」に駆け上がっていくも、連合国軍との戦争に大敗し、日本社会はいったん死んだようになる。しかし、しばらくすると再び立ち上がり、「東洋の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を果たした。

 遠い昔、はるか彼方(かなた)の銀河系の一角でルーク・スカイウォーカーは退屈な日々を送っていた。ある日、レイア姫から救援要請のメッセージを受け取り、大宇宙に乗り出した。様々な試練を乗り越えて敵の要塞にたどり着くも、大蛇のような生き物に水中へと引きずり込まれ、いったん死んだかと思わせる。しかししばらくすると再び立ち上がり、レイア姫の救出に成功した。果たして要塞を木っ端みじんに吹き飛ばすことはできるのか。大ヒット映画「スター・ウォーズ 新たなる希望」(1977年)のあらすじだ。

1977年に公開された映画「スター・ウォーズ」のシリーズ1作目「新たなる希望」は世界中で大旋風を巻き起こした。主人公のルーク・スカイウォーカー(左)がレイア姫(中央)、ハン・ソロ(右)らと大宇宙を冒険する(写真:Lucasfilm/AF Archivevans/Mary Evans Pictuer Library/共同通信イメージズ)
1977年に公開された映画「スター・ウォーズ」のシリーズ1作目「新たなる希望」は世界中で大旋風を巻き起こした。主人公のルーク・スカイウォーカー(左)がレイア姫(中央)、ハン・ソロ(右)らと大宇宙を冒険する(写真:Lucasfilm/AF Archivevans/Mary Evans Pictuer Library/共同通信イメージズ)

ルーカス監督もお手本に

 20世紀に活躍した米国の神話学者ジョーゼフ・キャンベル氏は、古今東西の神話に共通した筋書きが存在することに気がついた。冒険に旅立った平凡な主人公が数々の試練を乗り越え、中盤の山場で最強の敵と遭遇する。死の瀬戸際まで追い込まれるも、復活し、生き生きと新たな人生を歩み始める。そこから故郷に帰還するまでの一連の流れは「ヒーローズ・ジャーニー」と呼ばれる。

 時代、場所を問わず様々な神話に同じパターンが現れるのは、人類共通の集合的潜在意識が存在するからだと、研究者たちは考えている。誰でも心が動かされる、物語のひな型があるという。

 ハリウッドではスター・ウォーズのジョージ・ルーカス監督をはじめとして、多くの映画製作者がキャンベル氏の研究成果を参考に脚本を練ってきた。

 人々を魅了する「ナラティブ(物語)」はハリウッドのみならず、近年、米国を中心に経営学者や経済学者の間でその重要性が認識されつつある。いわく「人は物語によって状況を理解し、物語に基づいて行動する」。

 戦後、日本人が東洋の奇跡を果たせたのも、敗戦で死に体になった国家が経済で生き返ったのだという、心を躍らせる物語が日本人に共有されていたからだとも考えられる。

 現在、日本は経済の長期低迷から抜け出せなくなっている。90年代前半にバブル経済が崩壊してから、日本人の間には将来に対する不安が蔓延(まんえん)しており、復活の糸口をつかめていない。元気がなくなってしまった人々に必要なのは、不安を吹き飛ばす物語ではないだろうか。

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