産業革命前と比べた世界の気温上昇は2021~40年に1.5℃に達する。そのスピードは従来の想定から10年早まる――。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2021年8月に公表した報告書は世界に衝撃を与えた。脱炭素機運が高まる今日、気候変動を巡る問題とどう向き合っていくべきか。IPCCの評価報告書の作成に長年携わってきた茨城大学前学長で、現在は特命教授を務める三村信男氏に話を聞いた。

<span class="fontBold">三村信男(みむら・のぶお)氏</span><br />茨城大学特命教授 1949年生まれ。1974年東京大学工学部都市工学科卒業。79年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。茨城大学地球変動適応科学研究機関機関長、副学長などを経て14年9月から学長。20年3月から現職。研究分野は地球温暖化・気候変動の影響評価や海岸工学など。広島県出身。
三村信男(みむら・のぶお)氏
茨城大学特命教授 1949年生まれ。1974年東京大学工学部都市工学科卒業。79年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。茨城大学地球変動適応科学研究機関機関長、副学長などを経て14年9月から学長。20年3月から現職。研究分野は地球温暖化・気候変動の影響評価や海岸工学など。広島県出身。

これまでどのような形で気候変動の研究に取り組まれてきましたか。

三村信男・茨城大学特命教授(以下、三村氏):IPCCが設立された翌年の1989年、IPCCの第1次評価報告書の草稿にコメントを求められ、海岸が専門分野なので海面上昇に関する会議などに参加するようになりました。第2~6次の報告書では執筆者や総括主執筆者などを務めてきた経緯があります。

 IPCCへの参加だけではなく、南太平洋や東南アジア諸国への気候変動の影響、日本の適応策などの研究に取り組んできました。温暖化の影響が実際に現れてきている中で、人間社会にどの程度影響があるのかということを長年研究してきたということです。

温暖化の実態について、今どう感じていますか。

三村氏:2つあって、1つは特に2010年前後から、日本にも当てはまるのですが、これまでにないような豪雨災害や気象災害が起こってきた。昨今では米国やオーストラリア、欧州の山火事や洪水もそうです。海外のニュースも含めて「これまで経験したことがないような事態に陥っている」と同じ表現で報じられています。

2019年の台風19号の影響で浸水した北陸新幹線の車両基地(写真:共同通信)
2019年の台風19号の影響で浸水した北陸新幹線の車両基地(写真:共同通信)

 IPCCはこの間、1850~1900年から比べて、気温が約1.1℃上昇したと報告しました。平均気温が1.1℃上昇するだけで、こんなにいろいろな気象現象や自然条件が変わるということを我々は身をもって感じるような時代に突入しているんだ、というのが非常に大きな変化だと思いますね。

岐路に立つ人類

 2つめは、政治的なリーダーシップの後押しもあって2050年カーボンニュートラル(炭素中立)を目指すことになった。だから、温暖化や気候変動が進んで影響がさらに顕在化するというのと、人間の対策がどれくらいスピード感を持ってできるか。その競争の時代に入っていると思います。

 今まではモデルを構築して将来を予測し、この程度の影響が出そうですと言ってきました。それが現実になって、さらにひどくなるかどうかの岐路に立っている、というのが今の実感です。

1.1℃の上昇で気象災害など様々な影響が出ているというのは、どのようなメカニズムによるものなのでしょうか。

三村氏:気候変動、温暖化の一番大きな特徴というのは、地球環境システムの物理的な基礎のところ、土台が変わるということだと思います。

 何が変わるかというと、まず平均気温が上がり、それにつられて雨の降り方や気圧配置、風の状況が変わる。平均海面の位置も変わり、CO2が海洋に溶け込んで海洋の酸性度が変わるとかそういうこともあります。

 気温とか降雨の状況によって世界の植生帯というのは決まっているわけですよね。地球環境システムの一番基礎のところから変わるから、その影響が農業や交通、自然環境などあらゆるところに現れます。

 最近では気候安全保障といって世界の安全保障にも非常に影響が出ると注目されています。カスケード効果(ある影響が連鎖的に波及すること)というのですが、気候変動で大雨が降って、例えば台風の勢力が大きくなって途上国でインフラが弱いところはもう住めなくなる。そうすると難民が出て、どこか別の国・地域に移動すると、その地域が不安定になり、世界の不安定化につながるという恐れです。政治的な関係では非常に重要なポイントだと思います。

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