生え抜きの日本人社員として初めてネスレ日本の社長兼最高経営責任者(CEO)に就任し、スイス本社から「ジャパンミラクル」と称賛されるほど同社を急成長させた高岡浩三氏。現在は「ビジネスプロデューサー」として日本企業の変革を支援している。高岡氏から見て、今の日本に足りないことは何か。我々一人ひとりがやるべきことは何か。昭和、平成、令和と続く大きな時間軸の中で考えた胸の内の思いを自由に語ってもらった。

<span class="fontBold">高岡浩三(たかおか・こうぞう)氏</span><br>1983年神戸大学経営学部卒。同年ネスレ日本入社、各種ブランドマネジャーなどを経て、ネスレコンフェクショナリーのマーケティング本部長として「キットカット」受験応援キャンペーンを手がける。2010年ネスレ日本代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)に就任。「ネスカフェ アンバサダー」で日本マーケティング大賞受賞。20年3月ネスレ日本を退社。現在はケイアンドカンパニー社長として企業の変革を支援している。(写真:神田啓晴、以下同)
高岡浩三(たかおか・こうぞう)氏
1983年神戸大学経営学部卒。同年ネスレ日本入社、各種ブランドマネジャーなどを経て、ネスレコンフェクショナリーのマーケティング本部長として「キットカット」受験応援キャンペーンを手がける。2010年ネスレ日本代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)に就任。「ネスカフェ アンバサダー」で日本マーケティング大賞受賞。20年3月ネスレ日本を退社。現在はケイアンドカンパニー社長として企業の変革を支援している。(写真:神田啓晴、以下同)

高岡さんは率直に言って、今の日本の現状をどう見ていますか。

高岡浩三氏(以下、高岡氏):僕がネスレ日本に入社したのは40年近く前。そのころから「変化に対応しなきゃいけない」と日本の経営者は言い続けてきたわけですよね。その割に、日本はものすごく世界の変化に遅れてしまった。そう思いませんか。

「失われた20年」といわれ、それがいつしか「失われた30年」に延びました。

高岡氏:ネスレ時代に初めて(経営学者の)フィリップ・コトラーさんにお会いして、こう言われたんですよ。「なぜなんだ」と。彼は日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と高く評価されていたころ、イノベーションにたけた素晴らしい国だと思っていた。それが、なぜこんなにも停滞してしまったのか、と。私はこう言ったんです。「いや、コトラーさん、日本はイノベーションをやって成長したわけじゃないでしょう」と。

イノベーションとは何なのかという話になりますね。

高岡氏:僕にとってイノベーションとは「顧客が認識していない問題」あるいは「解決できるはずがないと諦めている問題」を解決することなんですよ。「顧客が認識している問題」を解決するのは、リノベーションにすぎない。

 高度経済成長期の日本で僕が唯一、イノベーションだと思っているのがソニーのウォークマンです。ウォークマンができる前は、音楽は部屋の中でしか聞けないと思われていた。それを外で歩きながら聞けるようにしたというのは画期的だと思うんですよね。誰もが諦めていた問題を解決した。これこそがイノベーションなんです。

 ただ、それはあくまでも例外的で、日本は基本的に欧米で生まれたイノベーションを改良することで、つまりリノベーションすることで成長を果たした。それを可能にしたのが、低賃金で、質が高い労働力に頼ったビジネスモデルなんですよ。価格競争力と品質の高さをもって、シェアを広げることができたんです。

 ところが、バブルがはじけ、昭和の「日本株式会社モデル」が通用しなくなった。日本は経済大国として新興国に追われる立場になった。本当はそこで新しいビジネスモデルに変わらなければいけなかったのに、変われなかったから、失われた30年が起こったというのが、僕の見立てです。

 この間、インターネットが普及し、AI(人工知能)が台頭しました。この新しい産業革命のエネルギーを使って、世界中の誰もが諦めていた問題を解決していったのが、今のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)です。GAFA(を運営する)4社の時価総額が、日本の全上場企業の時価総額を上回るほどの、とんでもない差が生まれてしまった。これが現実なんです。

 日本の経営者は反省しなければいけない。これは、過去の人をある意味、批判することになるので、言いにくいことなんですよ。

高岡さんもかつてはネスレ日本のトップとして、経済同友会の幹事などを歴任しました。

高岡氏:僕も過去の経営者の仲間には入るわけです。外資系企業出身ですけど、日本でずっとやってきましたからね。僕も含めてこの失われた30年に対しての責任はあると思っています。だからこそフリーの個人事業主として、言いたいことを言える立場になった。そうでないと、なかなか社会に対してものを言いにくいので。

「考える時間をものすごく持とう」

今、日本の経済人に必要なのは何でしょうか。

高岡氏:特に次世代を担う若い人たちに、世の中の変化を読み取る力を付けてほしい。そのためには、やっぱり考えることです。特にホワイトカラーは、考える時間をものすごく持つことが大事だと思います。

考える時間を持ちたいと思っても、目の前の業務に追われてしまう。私も含め、そういうビジネスパーソンは多いかもしれません。

高岡氏:そう。そうなんです。忙殺されてるでしょ。それでいいんですかということなんですよ。僕はネスレ日本時代、社員に「仕事と作業は分けてくれ。そして、仕事をしてほしい」と求めたんです。

 ホワイトカラーは考えることが仕事であって、作業はできるだけ省いていくのが、マネジメントの役割だと思うのです。だから、書類は3枚以上僕に見せるなというルールをつくりました。いくらパワーポイントをきれいに、分かりやすくつくってもらっても、それで会社の売り上げと利益に貢献するんですか、ということです。正直、考えなくて作業だけしているほうが楽なんです。でも、それじゃあ、世界との競争に勝てないです。

考える内容は、人それぞれですか。

高岡氏:そうですね。ネスレ日本は2011年にイノベーションアワードを創設しました。「どの部署であっても、あなたの顧客はいるでしょう。それも1人や2人じゃない。その顧客を取り巻く新しい現実は何かと考えてみなさい。そうすれば、そこから新しい問題が出てくる。それを一緒に解決していこう」と呼び掛けました。

 必ずしも大きなイノベーションじゃなくてもいいんです。リノベーションでいい。顧客の問題を発見して、それを解決することで付加価値をつくる。それこそがマーケティングですから。人事部でも財務部でも、どの部署にいてもそれはできる。だから僕は10年間、思いっきりエネルギーを使ってイノベーションアワードをやったんです。それは、とにかく考えさせたかったから。

次ページ 考えて実験するのが仕事である