『ミカドの肖像』や『日本国の研究』といった著作で日本という国の本質に鋭く迫り、首都のトップとしてこの国の課題に向き合った作家で元東京都知事の猪瀬直樹氏。人口減が進み、コロナ禍に苦しむ現在の日本を猪瀬氏はどう見ているのか。猪瀬氏は「日本は自らの世界観をつくれなくなっている」と、この国の先行きを憂える。

日本はこの30年、国内総生産(GDP)がほとんど伸びていません。少子高齢化が進み、人口も減っていく中で、どうすればよいと考えますか。

猪瀬直樹氏(以下、猪瀬氏):国家が大きな目標や文化・文明を設定しないと、国民は役割が見えてきません。個人としてお金をもうけたいという気持ちは分かります。しかし、「公」のことを考えていません。それではダメだと思います。

猪瀬直樹(いのせ・なおき)氏
猪瀬直樹(いのせ・なおき)氏
作家・元東京都知事 1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で96年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人等の廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉純一郎首相(当時)より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。その戦いを描いた『道路の権力』(文春文庫)に続き『道路の決着』(文春文庫)が刊行された(現在、小学館電子合本『日本の近代 猪瀬直樹著作集』全16巻所収)。06年10月、東京工業大学特任教授、07年6月、石原慎太郎都知事(当時)より東京都副知事に任命される。12年12月、東京都知事に就任。13年12月辞任。15年12月、大阪府・市特別顧問就任。代表作に『ミカドの肖像』『土地の神話』『欲望のメディア』のミカド三部作、『ペルソナ 三島由紀夫伝』『マガジン青春譜 川端康成と大宅壮一』『ピカレスク 太宰治伝』の作家評伝三部作のほか『天皇の影法師』『昭和16年夏の敗戦』『黒船の世紀』などがある(写真=小林淳)

 米メタ(旧フェイスブック)最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏や米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏などは毎年多額な寄付をしています。米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は財団をつくって、アフリカの貧困問題などを解決すべく動いています。それと比べると、日本人は公に対する使命感が消えてしまったと思います。

 戦争に負けた後もしばらくはナショナリズムが残っていて、公の時間つまり歴史があったのですが、それが消えてしまった。現在は「私」しかないことが問題なのです。公については、『公(おおやけ)』(NEWS PICKS publishing)に詳しく書いています。

バブルまでは戦っていた日本

 日本は戦争に負けましたが、戦後も世界と戦っていました。直木賞作家の深田祐介氏の『新西洋事情』には、日本の商社マンたちが海外で戦っている様子が描かれています。当時の日本は虫けらのように思われていましたが、とにかく海外での販路を開拓していったのです。羽田空港は国際空港ではありましたが、ボロボロで汚く、まさに出征兵士が飛び立つ風景のように見えました。そこには戦争がまだ継続しているようなナショナリズムの残滓(ざんし)があったと思います。

 1960年代から70年代にかけて、米国は当時としては非常に厳しい自動車の排ガス規制を設けました。当時は日本のメーカーがようやく進出し始めた時代です。そうした中でホンダはCVCCエンジンを開発して厳しい排ガス規制を見事にクリアし、一気に名を上げました。それから数年後に米ロサンゼルスに行ったのですが、走っているクルマの4台に1台ぐらいがホンダといった印象でした。

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