日本の代わりに中国や韓国が台頭

濱口氏:その結果、かつて「日本が強い」と言われていた領域でも、学会で記念講演に呼ばれるような人が減っています。日本人の能力が低くなったとか、日本人が勉強していないとか、あるいは人口減少が影響しているといったことが原因なのではありません。国際的なネットワークの中でポジショニングをしながら、自分のオリジナルの研究をやっていくことが日本人には難しくなってきている。

 日本に代わって台頭したのが中国や韓国です。米国で博士号を取る日本人は、20年ほど前は年間200人弱いたのですが、最近は120人ぐらいまで減りました。それが中国は6000人、インドは2000人ぐらいいます。韓国も1200人ぐらいです。日本とは一桁違うんですよ。これはものすごく深刻な問題です。

 英語で日常的にコミュニケーションしていれば少しはリカバーできるのですが、コミュニケーションの中心は日本語ですよね。日本文化の中であれば日本語でもオリジナルな仕事はできるのですが、科学ではそれを国際標準に持っていかなければならない。その部分が抜けてしまっている。

(写真:小林 淳)
(写真:小林 淳)

mRNA研究者のカリコ氏の教え

どうして海外に出ていく研究者が少なくなってしまったのでしょうか。

濱口:日本は居心地がいいからでしょう。安全、安心だし、生活はそれなりにサポートされる。海外で生活すると、やはりストレスがありますからね。でも挑戦する気持ちを忘れたら、タフな仕事はできないでしょう。

 先日、カタリン・カリコさん(編集部注:ドイツ・ビオンテックの上級副社長で、新型コロナワクチンにつながる研究を2005年に発表した)が日本人向けにオンライン講演したときに、面白いやり取りがありました。若い人が「あなたは失敗したときにどういう判断をしましたか」と質問したら、カリコさんは「私は失敗したとは思っていない」と話すのです。何度か研究を続けられなくなって失業しているのですが、「それは新しい仕事へ移るチャンスなんだ」と。

 カリコさんは共産主義体制のハンガリーから出国して、米国で仕事を探しては移っていき、最後はドイツでメッセンジャーRNA(mRNA)の研究を続けたそうです。教室が閉鎖になったり研究費が止まったりといった経験をしても、それを失敗だと彼女は考えていない。そんな研究者がmRNAワクチンを生み出したわけです。

 日本人はすぐに失敗と感じるのですが、その背景にあるのは日本の縦割り社会です。縦割り社会で「たこつぼ」と化している。これは高度経済成長期においては非常に効果的なシステムでした。特定の業種や特定の専門領域の仕事を短期間で効率的に進めて、一気に世界を抜くという点では。

 むしろ、今はそれが弱点になっています。自分の専門領域しか知らない人が多すぎるのです。研究者でいうと、学部のときに入った教室でマスター(修士)になって、同一の先生の指導の下でドクター(博士)コースへ入って、卒業したらその先生の下でポスドクをやる。他の世界を知る機会がありません。

米国などの海外の研究者はどうなのでしょうか。

濱口氏:米国は全然違います。私がロックフェラー大学にいたときのある大学院生は、当時はがん遺伝子を研究していましたが、その後英国に行って老化の研究をやって、今はデューク大学で学長をしています。分野を変えて、研究スタイルも違うところに飛び込んでいく。幅広い知識を個人の中に取り込んで成長していくわけです。

 それとは対照的に、日本の多くの研究者は細い道をずっと深掘りしていきます。その結果、日本では2種の人材に分かれてしまった。研究を経験したことがない企業人と、企業や社会の実情やニーズを知らずに細い道を深掘りしてきた研究者です。その両者が連携するのはなかなか難しい。

 世の中ではSDGs(持続可能な開発目標)が大きな課題になっていますよね。人類社会が滅びずに持続できるか、地球が崩壊しないかというリスクがものすごく高まっているから、持続可能な人類社会の発展をつくり出そうという議論です。そのために17項目が掲げられているわけです。それを解決していくのが科学技術です。例えば地球の温暖化を止めようといっても、車に乗らないとか、コンビニは電気を使いすぎるからやめようとか、そういうことをどんどんやって前近代的な社会に日本が戻れるかといったら、戻れないですよね。今の状況や社会システムを発展させる形で温暖化ガスの問題を解決していかなければならない。それでハイブリッド車や燃料電池車、電気自動車が出てきたわけです。

 ところが、社会のニーズを分かる研究者が少ないから、トヨタ自動車は自前で研究をするしかなかった。トヨタはできたかもしれませんが、それができない企業は対応できず、滅びていくしかありません。

 米国はこの課題にどう取り組んでいるかというと、科学技術の複数分野を複合的に束ねて1つの課題を解決するというアプローチです。それを「コンバージェンス」と表現しています。米国では、従来の専門領域で専門的な仕事をやっているだけでは社会課題を解決できないという認識を科学者が持ち始めているのです。

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