日本の研究開発力の低下が指摘されている。文部科学省の科学技術・学術政策研究所の調べによれば、論文の生産に関する日本の世界ランクは2000年代半ばから質・量の両面で徐々に低下している。国の競争力にもつながる研究開発における日本の課題は何か。そして、どのように強化していくべきか。国立研究開発法人、科学技術振興機構(JST)の濱口道成理事長に聞いた。

濱口道成(はまぐち・みちなり)氏 科学技術振興機構(JST)理事長
濱口道成(はまぐち・みちなり)氏 科学技術振興機構(JST)理事長
1980年名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了。助手、助教授を経て93年名古屋大学医学部教授。85年9月~88年8月の3年間、米国ロックフェラー大学研究員を務めた。2005年名古屋大学医学系研究科長・医学部長、09年名古屋大学総長。15年10月から現職。(写真:小林 淳)

日本の研究開発力の低下が指摘されています。

濱口道成・JST理事長(以下、濱口氏):科学技術を社会実装するには色々な知識が要ります。俯瞰(ふかん)的に見なければならないし、人材も集める必要がある。その上で、気持ちを一体化してゴールへ行く作業を進めることがものすごく求められる時代です。

 しかも社会の変化は激しい。不連続にスピーディーに変化していくのに合わせてやっていく必要があります。しかし、日本は全体としてはまだ昭和の時代の記憶の中で生きている感じがしていて、これが我が国の大きな問題だと思うんです。昔の栄光の中で生きているというか。

どうすれば昭和の時代から離れられますか。

濱口氏:若い人は分かっていると思うのです。だから、若い世代にちゃんとした権限と責任を渡し、失敗も許容して、体験させていく。そうして彼らに日本の研究開発全体を変えていってもらうべきだと思います。

 今、DX(デジタルトランスフォーメーション)といわれていますが、情報化のスピードはものすごく速いですよね。その一方で、社会のトップにいるのは50代後半から70代ぐらいでしょうか。この世代はIT(情報技術)世代ではないのですよ。日本がDXをどんどん進められるかというと疑問が残る。

 それに、情報量が飛躍的に増えていますよね。論文を見ていても、ものすごい量で増えている。こうなると、自分の専門分野のコア論文を全部読めている研究者はほとんどいないのではないでしょうか。専門家でさえ、情報の洪水の中でさまよっているようなところがある。情報は大量にあるけれども処理しきれないため、次(に来る社会)を読むことが難しくなっています。

 JSTは膨大な論文をメタ解析して次を読むといった取り組みをずっとやってきましたが、日本は日本語の世界であることがハンディになっています。世界は英語で動いているのに、英語の論文を読みきれていない。海外経験のある研究者もものすごく減っていますからね。

海外経験者はどれくらい減っているのですか。

濱口氏:むちゃくちゃ減っていますよ。30代の研究者では5%ぐらいしかいません。3年以上海外での研究経験があるという人が。

 JSTでは、挑戦的な研究計画に対して7~10年間の長期にわたって研究をサポートする創発事業をやっています。そうした挑戦的なアイデアを出してくる研究者について調べたところ、海外経験がある人が40%に上るのです。5%と40%の差ですよ。

 コロナ禍によって、研究者は国内にとどまって基本的に日本語で生活していて、情報といっても海外の論文を読むくらい。海外の学会にもなかなか行けない。それでは遅れてきますよね。

 私も3年ほど海外にいたのですが、当時の友人たちが例えば米ハーバード大学の教授などになっています。そんな人たちとコミュニケーションしていると、「こんな面白い技術が生まれてきた」といった話が聞こえてきて、まだ論文にもなってない段階から研究に取り入れられたわけです。こうしたことができなくなっています。

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