「親切にしてくれた人」リスト
中邑:みんなそういうんですよ。さぞかし手がかかるでしょうって。でも、参加したい子どもを10人か20人くらい集めて、さあやりましょうと号令をかける。それだけです。大変になるとしたら、それは「大変なプログラム」にしちゃっているからです。例えば「昆虫採集をしよう」というプログラムを「虫を採らなきゃダメ」と設計するから、「虫を採らせなきゃいけない」となって、大変になる。
虫採りのプログラムだけど、虫を採らなくてもいい。そういうことにすれば、運営に手はかからない、と。
中邑:目的を絞りこまないほうがいいんです。僕らのプログラムは、そもそも「目的なし」がモットーですからね(「発達障害の子はイノベーションの担い手か? 『家出』を教える理由」参照。)。目的を達成するためのプログラムにすると、しんどくなる。
場を設定するだけで、子どもは動き出します。
場の設定、ですか。確かに、中邑先生のプログラムで「虫採りの場」を設定したら、「虫は嫌いだけど、徹夜ができそうだから、行ってみよう」という子どもが出てきたのでしたね。それはそれで、子どもは「動いている」わけですね。
中邑:このあいだ、長崎県の壱岐島で「壱岐の島の『美味しい』を探せ!」というプログラムを開催しました。全国から33人の子どもが、現地集合して。そのなかには発達障害の子も、知的障害の子も、勉強がよくできる子もそうでない子も、いろいろな子がいて。港で知らない子と3人1組にされます。それから子どもたちに「この島のどこかに、こういうものがあるから探しておいで」というミッションを与える。それだけのプログラムです。
例えば「銀座でも売っているすごいアスパラガスをつくっている人がいるから、探しておいで」と。島を歩いて、生産者を探すんです。スマホは禁止。いろんな場所を訪ねて、人に質問して、話を聞いて、アスパラをつくっている人がどこにいるかを探り当てて、会いに行こうと。壱岐は公共交通機関も少ないし、スマホも使えないとなると、随分と考えなくてはなりません。バスがあっても乗り方がわからない。でも人に聞けない。
知らない人に声をかけるのって、難しいですよね。
中邑:アスパラの生産者を探していたチームは初日、日中にはヒントも見つけられなくて、夜、ご飯を食べに居酒屋さんに入ったら、メニューに「アスパラ」があった。それで恐る恐る、お店のおじさんに聞いてみたら、次の日に連れていってもらえて。僕らは事前にある程度、子どもたちが見つけるはずの生産者を想定して準備しているのですが、子どもは想定外のところに行ってしまいます。それでも地元の人たちは、突然現れた見ず知らずの子どもたちに「いいよ、入って来なよ」って、仕事を見せてくれる。
このとき、ある子が「親切にしてくれた人」というリストを書いていて。
なんだかいいリストですね。
中邑:「人に聞いていいんだ」「頼んでいいんだ」「お願いしていいんだ」と、経験を通じて学んだのです。今は学校などで「知らない人と話しちゃダメ」といわれることもあるじゃないですか。そうなると、困ったときには「全部自分で解決しなきゃいけない」となりかねない。そう思って生きていくのは、発達障害の子はもちろん、そうでなくたって、しんどいですよ。
発達障害とか知的障害とかと関係なく、子ども同士、のんびり、ぺちゃくちゃしゃべりながら、一緒に歩いているだけでも楽しいじゃないですか。誰から批判されることもなく、怒られることもなく、あっちへ行こうか、こっちに行こうかって。
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