「目的のある教育」の問題点

中邑:ROCKETの看板は下ろしましたが、その活動は現在、「LEARN(ラーン)」という、新しいプログラムに発展的に移行しています。

 LEARNは、ROCKETの反省からスタートしています。意欲的で突き抜けた子どもだけでなく、無気力で今は誇れるものがない子でも、そんな自分を否定せずに学べる場をつくろうと決めたのです。無気力な子のなかには、発達障害と診断されるような子も多くいます。

ROCKETの看板を下ろすとき、中邑先生がオンラインでスピーチされていたのを、よく覚えています(「ROCKETからLEARNへ」)。私はあれを見て、実は、ほっとしたんです。ROCKETには注目していましたが、「うちの子は応募できないな」という感じがずっとあったので。どんな子にも開かれたプロジェクトに変えるという先生のアナウンスが、うれしかったのを覚えています。

中邑:変えなきゃいけなかったんです。

でも、一度始めたことをやめるのは、ものすごく勇気がいることだと思います。

中邑:間違ったら、ごめんなさいって謝るしかないですよ。

LEARNという教育プログラムには、どんな特徴があるのでしょうか。

中邑:目的なし、教科書なし、時間割なし。協働もしません。

目的がないんですか?

中邑:「目的がない」ということは重要です。なぜかというと、最初から目的がなければ、途中で子どもの興味がほかに移ってしまっても、オーケーだからです。例えば昆虫採集のプログラムに集まった子どもが、昆虫を採らずに石を拾ってもいい。

好きなことをしていいんですね。協働しないというのは、どういうことですか?

中邑:みんなと仲よく一緒にやらなくていい。「1人が好き」という子は、1人でやればいい。学校ではそうはいきません。日本という国は一緒に何かをさせることが大好きですから。もちろん協働したい子はすればいいのですが、そうしなくてもいいように、学びの場を設計しています。

子どもたちは、徹夜したい

実際にどのようなプログラムを行っているのでしょうか?

中邑:今年(2022年)の夏は、徹夜で子どもたちと昆虫採集をしました。

徹夜ですか?

中邑:はい。渋谷区との共同プロジェクトで、小中学生が、虫の専門家と一緒に、ここ(東京・目黒の東京大学先端科学技術センター)で一晩中虫採りをしたんです(『夜の昆虫採集×パジャマナイト @東大先端研』)。

 応募期間は4~5日ほどでしたが、160人くらいの子どもたちが応募してくれました。保護者向けの相談会も同時開催するのですが、約半数が申し込みました。こうしたプログラムに参加するご家庭では、保護者が育てにくいわが子への悩みを抱えていることが多く、そのことで子どもも苦しんでいることがあります。こういった楽しいイベントを通じて、親子のSOSを受け止めるのも、とても大切なことです。

 応募書類を読んで、虫好きだという子どもを10人ほど選びました。ところが、いざ集めてみると、そのうちの3人が「本当は虫が嫌いなんです」というんですね。「じゃあ帰る?」と聞いたら、「帰りたくない。徹夜したい」っていうので、じゃあいていいよと。

虫採りがしたいわけじゃなくて、徹夜がしたい。そういう目的で来た子どもにも、学びの場は開かれている。「目的がない」ことが、こういう形で生きるのですね。

 それにしても、確かにこのキャンパスは緑が多いですが、都心でそんなに虫が採れるものでしょうか?

中邑:21種類採れました。オスのカブトムシや、メスのノコギリクワガタも。

カブトムシがいるんですか!

中邑:いるんですよ。虫採りなんかして、「何の意味があるんですか?」「何を教えているんですか?」と聞かれることもあります。何も教えていません。「楽しかったね。やりたいことやったね」。それだけです。

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