野球ゲームで、胃痛が治る

中邑:当時の僕の専攻は実験心理学で、人間の感覚機能を実験で測定するという研究をしていました。そんな僕に、教授は、「君、この人たちをしゃべれるようにしなさい」といいました。

なぜ、教授はそのようなことをおっしゃったのでしょうか?

中邑:胃痛の訴えが多くあって、薬を飲んでも治らないということでした。教授は、これはきっとストレスが強いせいで、話せるようになればストレスが減って、胃痛もなくなると考えたんですね。「パソコンを使えばなんでもできる時代になると聞いた。君はパソコンが使えるじゃないか」と。

なんだか「ムチャぶり」ですね。

中邑:当時の大学院生にとって、教授の言葉は絶対ですから、「はい!」と答えて、すぐ動き出しました。施設に入っている人たちに話しかけると、「うー」とか「うっ」と答えてくれます。話したいことはあるし、話す意志もある。1文字ずつ聞きとっていくと、いいたいことはおおよそわかりました。

「1文字ずつ聞きとる」というのは、どういうことでしょう?

中邑:例えば、「昨日、何を食べましたか?」と質問したとしますよね。「うー」と答えてくれますが、その音は「う」を指しているわけではありません。だからまず、その音が「あ行」の音なのか、「か行」なのか、「さ行」なのかを特定します。僕が、「あー、かー、さー」といって、相手が「さ」のところで、「うっ」といったら、「さ行」という感じです。そうしたら、「ああ、さ行なんだね。じゃあ、『さしすせそ』のうちのどれかな。いくよ。さー、しー、すー、せー、そー」といって、「そ」のところで「うー」といったら、「そ」です。こうやって1文字ずつ聞きとっていくと、昨日、食べたのが「そば」だったとわかるといった具合です。

確かに話したいことがある。

中邑:そう、話すことができないだけです。

 僕は当時、マイクロコンピューターで実験装置をつくっていました。それで、「うっ」という声を電気信号に変換して入力するタイプライターをつくろうと考えました。ただ、それには時間がかかります。そこで先に、簡単な野球ゲームをつくって、一緒に遊んだんです。「うー」とか「んー」という声を拾って動く野球ゲームなんですが、これが施設で人気になって。

音を合図にして、コンピューターのなかの投手が投げたり、バッターが打ったりするわけですか。

中邑:そう、タイミングがよければホームランになるんですよ。単純なゲームなんですが、もうみんな、夢中になって遊んでいました。何でこんなゲームが面白いのかと聞いたら、「先生も僕らも、同じ形で勝負できるから。だから勝ったらうれしいんだよ」って。

同じ土俵に立てる。

中邑:「技術は人を対等にするんだ」と感じました。しかも、そんなふうに遊んでいるうちに、みんなの胃の痛みが消えていったんです。それだけじゃなくて、3日に1度は浣腸(かんちょう)していた人から、自発便が出るようになったり。野球ゲームで遊ぶために、「うー、うー」と声を出して力んでいたのがよかったのでしょう。

野球ゲームがあれば、胃薬も浣腸も必要ない。

中邑:それが今につながる研究のスタートです。こんなきっかけから、技術の力で人を助ける研究に入っていったわけです。

なぜ「突き抜けた才能」を求めたのか?

私が中邑先生のお名前を知ったきっかけは、「異才発掘プロジェクト ROCKET(ロケット)」でした。

中邑:あれは「未来のエジソンを育てよう」ということで、日本財団から声がかかり、始まったプロジェクトです。

2014年当時、こう報道されていました。「突き抜けた才能があるのに学校になじめない小中学生を、世界のトップランナーに育てるプロジェクトを、東京大学先端科学技術研究センターと日本財団が始める」。発達障害を持つ子の保護者の多くが、注目していたと思います。

中邑:振り返ってみると、東大の名前が入ったことで、悪目立ちしてしまった気がします。「東大がギフテッド(突出した子ども)を探しているらしいぞ」と。そういう趣旨ではなかったのに。

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