「発達障害のリアル」を、自身も発達障害(学習障害)の息子を育てるフリーランス編集者・ライターの私(黒坂真由子)が模索する本連載。

 発達障害者には「異能」「異才」のイメージも強く、イノベーションの担い手として期待する声も強い。例えば、「異才発掘プロジェクト ROCKET(ロケット)」。東京大学先端科学技術研究センター(東大先端研)と日本財団が、「突出した能力はあるが、現状の教育環境になじめず不登校傾向にある小・中学生」を選抜して、学びの場を用意するプロジェクトとして、2014年に立ち上げ、話題になった。書類選考と面接で選ばれた「スカラー候補生」に、特別なプログラムを提供し、突き抜けた異才を育てるというコンセプトで、発達障害を持つ子どもの親たちの間でも、注目を集めた。

 しかし、21年6月、このプロジェクトを主導する東大先端研シニアリサーチフェローの中邑賢龍氏は、「ROKCET」の活動に区切りをつけることを発表。現在は、異才に限らず、より多くの子どもたちに学びの場を提供するプロジェクト「LEARN(ラーン)」を展開している。LEARNは、発達障害を公表している似鳥昭雄氏が創業したニトリや、ポルシェジャパン(東京・港)などが支援している。

 なぜ、異才発掘に取り組んだのか。そしてなぜ、ROCKETをやめたのか。中邑教授にインタビューした。

中邑先生は、もともと「人間支援工学」の研究をされています。どのような研究なのでしょうか?

中邑賢龍氏(以下、中邑):人間支援工学というのは、もともとそういう分野があったわけではなくて、ふとしたきっかけでこの研究を始めてから、僕が適当につけた名前なんです。

そうだったのですか。けれど、今では「人間支援工学」を専門とする研究者や研究室は、さまざまな大学に広がっています。

中邑:人間支援工学を簡単に説明するなら、ロボットやICT(情報通信技術)など工学の力を使って、生身の人間の能力を支援する研究です。

例えば、眼鏡を使ったり、補聴器を使ったりするのだって、工学の力で身体能力を補い、支援してもらっていることになりますよね。

中邑:そう、技術の力を使って、人の能力を支援する。そういうことを、もっともっとやっていこうという研究です。

例えば、学習障害(*)で、文字を鉛筆で書くのが苦手な子は、パソコンで作文を書けばいい、といったことですね。このような研究を中邑先生が始めることになった「ふとしたきっかけ」とは、何だったのでしょうか。

* 学習障害:知能が正常だとしても、学校の勉強に関連する能力に困難があることを一般に指す(詳しくは、「読み書きが苦手な『発達障害』はクラスに3人 知能と違う課題」参照)。「LD (Specific Learning Disorder)」「限局性学習症」とも呼ばれる。

中邑:大学院生だったころ、教授の命令で、重症心身障害の人たちが集まる施設を訪れたんです。重症心身障害というのは、重い身体障害と、さまざまな程度の知的障害や行動障害などを同時に持つことです。施設に足を踏み入れると、体を動かすことはもちろん、話すことも、排泄(はいせつ)もままならない人たちが、畳の大部屋に並んで横たわっていました。衝撃的な光景でした。もう40年以上前のことです。

中邑賢龍(なかむら・けんりゅう)
中邑賢龍(なかむら・けんりゅう)
1956年、山口県生まれ。東京大学先端科学技術研究センター・シニアリサーチフェロー(寄付研究部門「個別最適な学び研究」)。広島大学大学院教育学研究科博士課程後期単位修得退学後、香川大学教育学部助教授、カンザス大学・ウィスコンシン大学客員研究員、ダンディ大学客員研究員、東京大学先端科学技術研究センター教授などを経て現職。ICTを活用した社会問題解決型実践研究を推進。著書に『バリアフリー・コンフリクト』(東京大学出版会)、『タブレットPC・スマホ時代の子どもの教育』(明治図書出版)、『どの子も違うー才能を伸ばす子育て 潰す子育て』 (中央公論新社)、『育てにくい子は、挑発して伸ばす』(文藝春秋)など。(写真/栗原克己)

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