子どもの本音は「みんなと同じようになりたい」

うちの息子も学校で作文を書くとき、先生が「タブレットで書いてもいいよ」と声をかけてくれても、「いや、僕は手でも書けるから」と長い時間をかけて手書きしていました。できないからこそ、みんなと同じにやりたいという気持ちはすごくあるような気がします。

宮口:子どもの本音は「みんなと同じようになりたい」なんですよ。本音では、特別な配慮をされる存在にはなりたくないと思います。ですから、伸ばせる可能性があるなら決して見逃さず、なりたい自分になれるように努力の筋道をつけてあげるのが、本当の支援だと思います。

 私は実際、少年院の子どもたちがトレーニングでぐんぐん変わっていくのを目の当たりにしてきました。中高生の子どもたちでも大きく変わるんです。小学生ならまだまだ伸びしろがあるはずです。全く別人になる可能性すらあります。「障害があるから」といって配慮ばかりしていたら、子どもの可能性を潰すばかりか、逆に障害をつくり出すことにもなりかねません。

できるはずのことができなくなってしまうわけですから……。うちの息子のような発達障害の子や、境界知能や軽度知的障害のある子に過剰な合理的配慮をすることは、場合によっては大きなリスクもあるのですね。

宮口:しかし、反対に「頑張る人を応援する」という姿勢にもリスクがあると思うんです。学校でも、社会に出てからも。

頑張る人を応援することのリスク……。頑張る人を応援しちゃダメですか?

「頑張る人を応援する」ことの落とし穴

宮口:「頑張る人を応援します」というのは、企業の広告にも使われるくらい一般的なコンセプトです。でも、裏を返せば「頑張らない人は応援しない」ということになりませんか?

なるかもしれません。

宮口:「頑張れない人たち」というのは実際いるんですね。頑張りたくても頑張れないとか、頑張っていても頑張っているように見えないとか。「頑張る人を応援します」というフレーズは、そういう頑張れない人たち、いわば弱者を切り捨ててしまう。一見温かいメッセージのように見えるんですけど、そうではないんです。

でも、どうしても怠けている人より頑張っている人を応援したくなります。

宮口:それはそうなんですよ。ただ、頑張らないように見えるのにも何か理由があると思います。単に怠けたいというだけではない、何か別の理由もあるはずなんです。

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