配慮ばかりでは、伸びる能力が伸びないことも

宮口:例えば、入試の漢字の書き取りで「トメ」や「ハネ」がなかったらバツになることもありますよね。

そうですね。

宮口:そうだとしたら、お子さんに「その能力が本当にないのかどうか」という見極めが必要です。「トメ・ハネ」を書く能力が全くなくて、どんなに頑張っても書けないのか。それともトレーニングすれば「トメ・ハネ」を書くスキルを身につけることができるのか。ここが大事なんです。もしトレーニングで少しでも身につけることができるのであれば、なんでも配慮すればいいというわけではないですよね。

 そういう意味で、知的障害や発達障害に対する合理的配慮は、場合によっては、大きなリスクとなる可能性もあるのではないでしょうか。だって社会へ出たら、そういう配慮は一気に薄れますよね。

確かに学校だけで終わる問題ではないですね。考えさせられます。配慮って、すごく難しいことなんですね。

宮口:今は全体に、どちらかというと配慮するほうに向かっている気がします。それが本人の能力を確かめてからの配慮だったらいい。でもトレーニング次第で伸ばせる可能性があるのだったら、配慮は慎重に考えたほうがいいと思うんです。

伸びる可能性があるってことですもんね。トレーニングすれば。

宮口:そうなんです。そこを下手に配慮して必要なトレーニングをしなかったら、伸びるものも伸びません。

例えば、宮口先生が考案されたコグトレは、そんなトレーニングの一つですね。(コグトレについては、前回参照)

宮口:ええ、コグトレの一つの意義はそこにあるんですよ。今まで「この子はもう伸びないから、頑張らせなくていいよ」とされていたところを見直すというか。必要以上の配慮で子どもの可能性を潰してしまうようなことは避けねばいけません。

 それにね、子どもって「みんなと同じにできるようになりたい」と思っているはずです。

それはすごく感じます。

知的障害や学習障害がある子どもだからという理由で、伸びるはずの能力を伸ばすことを諦めるのはよくないと宮口氏は訴える(イラスト/PIXTA)
知的障害や学習障害がある子どもだからという理由で、伸びるはずの能力を伸ばすことを諦めるのはよくないと宮口氏は訴える(イラスト/PIXTA)

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