刑事に気に入られたくて、嘘の自白
宮口:当時23歳だった元看護助手の女性です。人工呼吸器を外して患者を殺害したと自白し、懲役12年の実刑判決を受けました。しかし、刑期を終えられてから再審が始まり、無罪になりました。その過程で、女性が実は軽度知的障害だったことが分かったのです。取り調べのときに、刑事に気に入られたくてつい嘘の証言をしてしまったそうです。そういうことは、軽度知的障害であれば十分に考えられるわけです。
それまで誰にも気づかれなかったのですか?
宮口:ええ、気づかれないまま大人になってしまったんです。その結果が、12年服役の冤罪です。恐ろしいですよね。「気づかれない軽度知的障害や境界知能」は、最悪の場合、こういった事態につながるのです。
境界知能そして軽度知的障害が見落とされる一番の理由は何でしょうか?
宮口:学校で気づいてもらえないからです。家庭で親御さんが気づくのは、実はなかなか難しい。自分の子ばかり見ていると分からないんですよ。比較対象がなく、それが普通だと思ってしまいますから。きょうだいができて気づくこともありますが、1人目だとなかなか分からないですね。
確かにそうかもしれませんね。
宮口:集団の中の一人として子どもを見ている先生が見つけてくれるといいのですが、先生自体もまだ境界知能についてあまり知らないことが多いのです。それが一番の問題だと思います。
境界知能だけでも、人口の14%、クラスに5人くらいいる計算になる。困っている子どもの人数は意外と多いのですよね。そのわりに、先生たちがあまり知らないとしたら、確かに大きな問題です。宮口先生の著書『マンガでわかる 境界知能とグレーゾーンの子どもたち』が、主に学校の先生向けに書かれているのには、そういう背景もあるのですね。でも、教員免許を取るときに習わないのですか?
宮口:以前は習わなくても、先生になれました。今は制度が変わって、教職課程で「特別支援教育」に関する科目が必修化されています。ただ、そこで知的障害の概要を習っても、現実に境界知能や軽度知的障害の子どもが目の前にいるとき、どのような言動をとるのか、そして、それがどういう症状の表れなのかというところまでは教わる機会がないのです。ですから、境界知能や軽度知的障害の子どもがクラスにいてもなかなか分からないでしょう。
我々精神科医だってそうです。医師になるときに習うのですが、実際には分かりません。見た目ではほとんど区別がつきませんし、普段の生活の様子も他の子とほぼ同じですから。
気づくために、何かできることはありますか?
宮口:まずは正しく理解することです。境界知能や軽度知的障害の子どもたちの困りごとは、勉強が苦手というだけではありません。友達との会話についていけない、約束を忘れてしまう、不器用で体がうまく動かせないなど、さまざまなところに困っている状況があるはずなんです。そのサインを一つずつ受け取り、困っている状況を理解していくことが大事です。理解すれば、次に何をすべきかは、おのずと見えてきます。理解が一番大事です。
先ほど親が気づくのは難しいというお話がありました。私の息子の学習障害(*)も、最初に気づいてくださったのは小学校1年生のときの先生なんです。

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