距離を縮めたいから、方言を学ぶ

ああ! 家族であれば「距離を縮める」のに努力する必要がないからですか?

松本:ええ。家族は、自分が方言を話すかどうかで、近づいたり、離れたりしないですよね。でも他人は、社会的スキルが上がれば近づいてきてくれる。同世代というのは、特に、相手との距離の変化がはっきり見えやすい対象です。

方言を話すきっかけは、同世代に限定されるんですか? 先生や先輩、後輩との関係ではなく。

松本:熊本大学の菊池哲平先生が、興味深い研究をされています。知的発達に遅れのないASDの子どもたちと、定型発達の子どもたちに、同じイラストを見せます。さまざまな人たちが、さまざまな場面設定で話しかけてくるというイラストです。それに対して、子どもたちが、方言で答えるか、丁寧な言葉遣いで答えるか、あるいは、一般的な言葉遣いで答えるかを調査し、比較しました。それによると、ASDと定型発達で差が出るのは「同年齢の友だち」から話しかけられたときだけ。「先生」や「家族」では、差が出ませんでした。

先生や家族に対する言葉遣いは、変わらない。けれど、同級生と話すときには違いが出てくる。

松本:それは同級生の場合、「相手との関係が不明瞭」だからです。

「不明瞭な関係」が苦手

相手との関係が不明瞭なとき、ASDと定型発達の違いが顕著に出る、ということですか?

松本:例えば、部下と上司という関係なら、どういう言葉遣いをするのがいいかは割合、明確に決まります。お客さんと店員という関係でも、そうです。

はい。

松本:でも、同僚となると、明確には決まりません。一口に同僚といっても、言葉遣いは、相手との心理的距離で変わります。

ああ、確かにそうですね。

松本:ここでASDと定型発達の違いが出てくるんです。「お客様には、この言葉を使ってください」「上司にはこういう言葉遣いをしなさい」ということであれば、ASDの人も、定型発達の人と同じようにできる。でも、相手との心の距離で決めなければいけないとなると、難しいんですね。

 社会的ルールについても同じです。

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