怪しい「俗説」ではないか?

松本:妻は臨床発達心理士で、青森県の津軽地域で乳児健診にも携わっています。乳児健診で発達相談を受ける仕事をしているんです。その妻が3歳半児健診から帰ってくるなり、ASDの子どもは津軽弁を話さないと言い出したのです。それは、どうかと。

松本先生は障害児心理学がご専門で、当時は弘前大学で特別支援教育について教えていらっしゃいました。専門家だからこそ、奥様の発言に危うさを感じた、ということですか。

松本:先にお断りしておけば、私は妻の見立てをかなり信頼しているんです。子どもの状態をリアルに見ていますし、彼女が書いた報告書などを読んでも「すごいな」と感じます。その妻の発言だから、余計に「まずい」と。

 なぜならASDには、ちゃんとした診断基準があって、それをもって診断すべきものです。それなのに、「この子は方言を話していないからASDだ」という話が、根拠もなく臨床発達心理士である妻から広がっていったら大変です。ですから私は、すぐに妻の説を否定しました。

怪しい「俗説」を広めてはダメだよ、と。

松本:しかし、妻は「いや、常識だし。みんなそう思ってるし」と譲らないんですよ。ですから私も「あなたがそういう噂をまいているんじゃないの!」と言い返したんです。

リアルな夫婦げんかだったんですね。

松本:その後、何度も話し合ったのですが、妻の主張は変わらない。「じゃあ、調べてやる」と始めたのがこの研究です。

先生はどのようなお考えから、奥様の説を否定していたのですか?

松本:ASDの人の話し方というのは、独特です。棒読みのように平たんだったり、逆に突然、調子が上がったり下がったりする。それが、聞き手に「方言らしくない」という印象を与えているというのが私の考えでした。簡単に言えば「アクセントやイントネーションの問題」ですね。先行研究にも、そういった記載はたくさんあるんです。ですからある意味、私は学術的観点から妥当と思われる解釈をしていたんです。

 ただ、私には、自分自身の「体験」から、妻の言っていることは違うと反論することができませんでした。なぜなら、私は津軽弁が話せないからです。

奥様は津軽のご出身で、先生は福岡ですね。

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