荒木:この話は、澤さんの『「やめる」という選択』に書いてある「埋没コストの呪縛」にもつながると思います。キャリアもそうですが、いろいろ抱えているものが多いと、考えることさえ面倒くさくなる。せっかく問題点や課題に気づいても、「これを変えるの、面倒だな」「いろいろ問題があるのは分かっているけど、大変そうだなあ」となる。そうこうしているうちに「あ、メールが来た。返信しなきゃ」となって、日常に戻ってしまうんですよね。

 誰もが一瞬、「考えるべきじゃない?」と振り返るタイミングってあると思うんです。でも、そのときに立ち止まれず、目の前の小さなタスクに取り組むことで安心を得てしまうということって結構ありますよね。

:怒られるのが怖い、ということもあるんだろうなと。結局何かを変えようとすると、誰かに文句を言われるじゃないですか。軋轢(あつれき)が生まれますよね。それを避けるためには現状維持が一番。そういう発想になりやすいのかなって思いますね。

環境の変化に気づくためには、飛び込んでみるしかない

荒木:現状維持ということに関して、『コア・コンピタンス経営』というゲイリー・ハメルとC.K.プラハラードという経営学者が1990年代に書いた名著があるんですけど、「4匹の猿」という面白い比喩があるんです。

 4匹の猿が、部屋の中に入れられるんですが、部屋の天井から床に向かって棒が延びていて、棒の上のほうにバナナが付いているんです。どの猿も上ってバナナを取ろうとしますが、ある地点まで行くとシャワーから水が出るようになっている。4匹の猿はシャワーを浴びて棒から落ちるという経験をするんですね。

:バナナ取れないし、水浸しになる、ということですね。

荒木:はい。そうするとみんな、棒を上らなくなるんですよ。

 そういう状態になったら、今度はシャワーのスイッチをオフにして、猿を1匹、入れ替えます。つまり3匹の古い猿が残り、1匹の新人が入ることになります。棒の上にはバナナがありますから、もちろん新人の猿は勇んで上ろうとするんですよ。ところが残りの3匹の猿に止められるんです。「お前、やめとけ」と。それで新人の猿は上らないわけです。

 そこからさらに、古い猿を1匹出して新しい猿を入れて、ということを繰り返し、最後は全員がシャワーを知らない猿になるんですけど、それでも誰も上らないんです。

:シャワーのスイッチはオフなのに。

荒木:ええ。棒を上ると嫌なことが起きるというのが、叩(たた)き込まれているんですよね。ですから、上のバナナを眺めるだけ。ここでの示唆はいろいろあると思うんですけど、一つ挙げるとすれば、「誰も理由が分からないのに、やめろと言われ続けると実験しなくなる」ということなんです。「ちょっとやってみようか」という、澤さんみたいなお猿さんがいない(笑)。

:僕みたいな猿、必要ですね(笑)。僕はこの話に出てくる猿たちの思考を、「かもしれない思考」と呼んでいます。「こうなるかもしれないから、やめておこう」という考え方ですね。

荒木:環境は変化しているんです。シャワーのスイッチはオフになっている。環境の変化はあるけど、「上るな」というアクションだけが残る。

 ただ我々は、環境の変化を事前に知ることはできないんですよ。だから、それを知るためには、上るしかないんです。「上ったらやっぱりシャワーを浴びた」みたいな失敗ももちろんあります。

:『世界「失敗」製品図鑑』に出てくるものはまさに、上ってみたらシャワーを浴びちゃったという事例ですよね。

荒木:はい。ただ僕は、「上ればいいじゃん」と思います。欲しいなと眺めているよりも、よっぽどいい。我々は果敢にチャレンジして、やっと環境の本質というのが分かる、というふうに言えるのかもしれないですね。

:さっき僕が言った「かもしれない思考」も、「うまくいくかもしれないから、やってみよう」とポジティブに使えるといいですね。現状維持が一番という発想は、実際のところ変化し続けている環境に対する思考の放棄でしかないわけですから。

「現状維持が一番という発想は、変化し続けている環境に対する思考の放棄でしかない」(澤)(写真:Yayoi Arimoto)
「現状維持が一番という発想は、変化し続けている環境に対する思考の放棄でしかない」(澤)(写真:Yayoi Arimoto)

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