:「誰が言った」という部分を重視し過ぎて罠にはまってしまう場合もありますよね。

 これは僕が企業研修などでよくする例え話の一つですが、社内のミーティングの最中にその会社のあるお偉方が、封がされた段ボール箱を持ってやってきて、ぽんっとミーティングテーブルの真ん中に置いたとします。そして「この中に生きたキングコブラが入っているから開けないほうがいいよ」と一言だけ言って、立ち去ってしまうんです。

 ミーティングをしている人は邪魔だし「なんでそんなものを持ってくるんだ」と思うんだけど、お偉方が持ってきたものだからどけられない。それでミーティングが終わると「あの◯◯さんが持ってきた箱、中に生きているキングコブラが入っているから開けないほうがいいよ」と他の人に伝える。

荒木:「◯◯さんが持ってきた」という話が伝わっていくんですね。

:そうです。それで「◯◯さんが持ってきたんだから、しょうがない」と、その箱がずっとそこに残り続けるわけです。

 それからは、その上にパソコンを置いたり、付箋を貼ったりして、段ボール箱の存在が最適化されていくんですよ。そんなふうに、生産性が低い状態の中で工夫を凝らしていると、いつの間にか「これは◯◯さんが持ってきた段ボールだから、意味があるに違いない」と、それに意味を見いだすようにまでなっちゃう。

荒木:中は生きているキングコブラなのに(笑)。

:企業研修でこの話をすると、みんな笑った後に、急に真顔になるんです(笑)。思い当たり過ぎちゃって。

荒木:よく分からないまま生き残っているルールって、どの会社にも必ずありますよね。それどころか、自分の家の中とかでもあると思うんですよ。そこに置いてあって景色の中に同化していて、疑うことさえしないものが。冷静に見れば別の場所に置いたほうが便利だったり、そもそもいらないと気づいたりすることもあるんだけど、そういうことを疑うのって実は脳に負荷がかかるので、考えることを避けてしまうんですよね。

 だから家であれば、引っ越しとか模様替えって、すごく大事なことだと思うんです。先日、北野唯我さんと話したときに、彼が「小さく壊す」ということの重要性を語っていたのですが、「小さく壊す」ということは前提を疑うきっかけにもなりますよね。

:自分の頭できちんと考えるために「小さく壊す」。いいですね。

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