<span class="fontBold">「日経ビジネスLIVE」とは:</span>「読むだけではなく、体感する日経ビジネス」をコンセプトに、記事だけではなくオンライン/オフラインのイベントなどが連動するプロジェクト
「日経ビジネスLIVE」とは:「読むだけではなく、体感する日経ビジネス」をコンセプトに、記事だけではなくオンライン/オフラインのイベントなどが連動するプロジェクト

 2021年10月5~7日、ノーベル賞受賞者など世界の名だたる経済・経営学の英知が集結し、2030年の企業とマネジメントのあるべき姿について議論を深めた日経ビジネスLIVE「The Future of Management 2030:資本主義の再構築とイノベーション再興」。7日のセッションでは、入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授をモデレーターに、デビッド・ティース米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授と野中郁次郎一橋大学名誉教授による「『ダイナミック』なイノベーション国家論」と題した特別パネル討論をお送りしました。

 日本で成長を牽引(けんいん)するような優れたテクノロジー企業が台頭していないのはなぜなのか。ティース教授は不確実性が高まった世界で勝ち残るために求められる能力やリーダーシップについて語りました。

※2021年10月7日に開催したウェビナーの再録です。

「ダイナミック」なイノベーション国家論

入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授(以下、入山氏):ここからはデビッド・ティース教授にご講演いただきます。ティース教授は日本でも最近注目されている「ダイナミック・ケーパビリティー」の概念を提唱し、経営学の世界ではまさに伝説的な方です。ではティース教授、よろしくお願いいたします。

デビッド・ティース米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授(以下、ティース氏):ありがとうございます。幾つか重要なテーマをお話ししたいと思います。

 まずお話ししたいのは、経営において、新たな思考が必要だということです。我々は創造性や野性を失いつつあり、それを取り戻さなくてはいけません。イノベーションの創出には野中郁次郎教授の言う「知的機動力」、私が主張する「オーケストレーション(経営資産の再構成)」が必要です。

デビッド・ティース米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授
デビッド・ティース米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授

 日本の生産性は低下し続けています。かつて、日本は工業化時代の巨人として君臨し、革新的な素晴らしい企業を次々と生み出しました。しかし、デジタル革命は日本を素通りしました。現在の日本に、(米国の)グーグル、アップル、ネットフリックス、マイクロソフト、(中国の)アリババのような、国全体の生産性を押し上げる企業は存在しません。日本のエクセレンスはどこへ行ってしまったのか。もしかしたらそのエクセレンス自体が邪魔になったのかもしれません。

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 ドラッカーの言葉を借りれば、「正しくやることが重要なのではない。正しいことをやるのが重要なのだ」*1ということです。

 日本はこれまで、物事を「正しくやる」ことで成功してきました。正しくやり、効率を上げ、改善する力は「オーディナリー・ケーパビリティ」です。「正しいことをやる」のはまた別の能力で、それこそがダイナミック・ケーパビリティです。

 データを見ると、市場で上位にいる企業が、その地位を維持しているケースは減り続けています。歴史ある企業でも、競争の激化によって、トップの座を奪われています。その理由は「ダイナミック・ケーパビリティーが欠けていたから」というのが私の結論です。世界が急速に変化する中、経営者がその変化に追いつけなければ企業は市場での地位を失うのです。

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 ダイナミック・ケーパビリティーとは、「組織やその経営者が、急速な変化に対応するために内外の知見を統合し、構築し、組み合わせ直す能力」を指します。野中教授が使った(前回記事参照)言葉で言えば「Maneuverability(機動力)」です。社内のみならず、周りの環境、エコシステムも考えた上で変化に対応し、変革することが必要です。

 ダイナミック・ケーパビリティーは3つのプロセスに分解できます。第1は「センシング(感知)」で、事業機会や脅威を察知します。第2が「シージング(捕捉)」で、感知した事業機会や脅威に対応するために人材などのリソースを動かし、競争優位を獲得します。第3が「トランスフォーミング(変容)」で、競争優位を得た後も、リソースを活用する手法を日々改善し、戦略を変容させていきます。

 今、ダイナミック・ケーパビリティーは以前にも増して重要になっています。新型コロナウイルス感染症の拡大やサプライチェーンの混乱で明らかになったように、グローバル化の進展で相互依存性が増し、世界の不確実性が高まったからです。

 企業が持つ歴史や伝統にはプラス・マイナスの両面があります。過去の成功体験で得た能力がある一方、それがあるからこそ変化に対応できないこともあります。そこで求められるのが経営者のリーダーシップです。戦略によって経営を変化させなくてはなりません。目的、ビジョン、パーパス(存在意義)などがより重要になります。

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