だが、一気にやらなければ意味がないと田中社長は一斉導入にこだわった。そもそもの狙いを組織改革に定めていたからだ。田中社長はさらに工場長たちに注文を加えた。「落ちこぼれを絶対につくらないでくれ」

 頭を抱えたのは工場長たちだ。「Slackのスタンプを押すだけでいいですからといってもスタンプってなんですか? 押すってどういうことですか?と返ってくる始末だった」(大田工場長)。工場で働く社員は年齢が高くデジタルのリテラシーは低く、これまでのコミュニケーション手段はファクスと電話。スマホすら使っていない“職人たち”にどうやってSlackを使ってもらうようにするか。

 頼ったのが若手社員たちだった。「若手はプライベートでもスマホを使っている。管理職はデジタル化に関して直接かかわらなくていいので、若手に手を挙げさせてくださいとお願いした」(大田工場長)という。「Instagramをプライベートでも使っている若手社員を集めて、とにかく分かりやすいマニュアルを動画でつくってもらった」(田玉工場長)。抵抗感の強い世代を後回しにし、若手社員の起用に打開策を求めたのだ。

 カクイチの営業所や事業所は全国に散らばっている。「これまではお互い見えなかったし、声も聞こえなかった。Slackを使うということは、大きな体育館でみんなが一緒に仕事をしていることだと思ってほしい」と田中社長は繰り返し現場に説く。

デジタルとともに会社を変える

2014年にカクイチの5代目トップとして就任した田中離有社長は「人が変われば会社が変わる」と語る(写真=山田愼二)
2014年にカクイチの5代目トップとして就任した田中離有社長は「人が変われば会社が変わる」と語る(写真=山田愼二)

 組織の形態をも変えてしまったSlack導入という荒療治。不思議と社内に殺伐とした雰囲気が流れ続けることはなかった。

 そこには田中社長の秘策がある。「デジタルだけど温かいツール」(田中社長)と呼ぶ「Unipos(ユニポス)」をSlackより先に導入したためだ。

 Uniposは社員同士で互いに感謝を贈り合うSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)。例えば、ある社員が困っていることに気づいて、別の社員が手助けをしたとする。助けられた社員はUniposを使って、コメントとともにボーナス(ポイント)という形で感謝を贈る。こうしたやり取りはリアルタイムで全員が見られる仕組みになっている。カクイチではたまったポイントをAmazonポイントに変更できるほか、賞与の算定にも反映している。

 本来、社員の評価は管理職がするもの。だが、Uniposでは社員同士がちょっとした貢献に対して感謝を贈り合う形で互いを評価する。「相手のことをよく見ていなければ感謝を贈れない。社員同士で互いのいいところを探すようになった」とUniposの普及活動を担ったタスクフォースメンバーの一人は語る。

工場の現場でも好評の「Unipos」。カクイチでは「感謝された人」ではなく「感謝した人」にフォーカスを当てた運用をしている
工場の現場でも好評の「Unipos」。カクイチでは「感謝された人」ではなく「感謝した人」にフォーカスを当てた運用をしている

 Uniposは工場サイドからも好評だ。応援に駆けつけてくれたり、工場見学に協力してくれたりと、社員同士でUniposを使ったお礼が飛び交う。「社員同士の互いのサポートはこれまで見えなかった。これが可視化されたことで、工場長としても気づくことが増えた」(田玉工場長)、「以前より職場の雰囲気は確実にいい方向に向かっている。お礼だから言われて悪い気がする人はいない」(大田工場長)と手応えを感じているようだ。

 「カルチャーの変革とデジタルは一緒に取り組んだほうがいい」(田中社長)。コミュニケーションの効率化を図るSlackと、社内カルチャーの変革を担うUniposの組み合わせの妙によって、ピラミッド型組織の負の側面を払拭した点がカクイチのDX(デジタルトランスフォーメーション)が成功した要因といえる。

 現在の組織構造や風土に合わせてデジタルを導入しようとするが、なじまずに失敗する。これはDXに挑む多くの企業がはまる落とし穴だ。カクイチがその落とし穴にはまらなかったのは、今ある会社の組織や風土に合わせてデジタルを導入するのではなく、デジタルに合わせて組織形態や社風を変えようとした一点に尽きる。もちろん働く人たちへの配慮は必要だが、会社全体を変える心構えがなければDXは画餅に帰す。

この記事はシリーズ「Xの胎動」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。