
ガレージやホースなどの製造・販売を手がけるカクイチ(長野市)の合樹営業部、山口正明氏は名刺には課長と記されているものの、厳密には課長ではない。もともと課長ではあったものの、2019年にカクイチは営業所の課長職を廃止してしまったからだ。現在では対外呼称として残されているにすぎない。
今年、創業135年を迎えた老舗企業であるカクイチはもともと銅鉄金物商、問屋業を祖業とし、現在は農家向けの事業を核としながらホテル事業や太陽光発電、次世代移動サービスMaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス、マース)など、幅広い事業を展開している。
事業領域の拡大とともに社内の組織改革、風土改革を推し進めているのが14年に5代目トップとして就任した田中離有社長だ。
「中間管理職はそもそも不要ではないか」。こうした疑問を従来持っていた田中社長が課長職廃止の決断を下す後押しをしたのが、18年のビジネスチャット「Slack(スラック)」の導入だ。
同社は決してデジタルに強い素地を持った企業ではない。社内外でのメインのコミュニケーションツールはファクスと電話で、むしろアナログを地でいっていた企業だったともいえる。
そこに突然、最新のコミュニケーションツールを導入したことで、社内には一時、不協和音が鳴り響くこととなった。
「Slackの導入で経営陣の情報がじかに社員隅々まで伝わるため、情報を伝達するだけだった立場に優位性がなくなってしまった」。カクイチで人事部を統括している取締役経営統轄本部本部長の宮島宏至氏は導入当時をこう振り返る。
「経営陣の指示が伝わるスピード、現場の情報が上がってくるスピードが2倍ずつ増えて、意思決定が4倍以上速くなった」と田中社長は満足げだ。
その一方で、情報伝達に終始するだけの課長は不要となった。かくしてカクイチはSlack導入から1年たたずして、営業所の課長職を撤廃することになった。
パソコンの前にいるというのは遊んでいるのと同じ
カクイチは製造、販売を手がける製造小売業だ。そのため、営業所だけでなく工場で働く社員も多い。Slackの一斉導入に対し、現場を見る工場長たちは当初、難色を示した。
「工場の課長職以上の反発はとりわけ大きかった。そもそもスマホすら触ったことがない人が多かったから仕方がない」と導入当時を振り返るのは、工業用ビニールホース類の製造を担うグループ会社であるカクイチ製作所執行役員の大田智浩工場長だ。
ガレージや倉庫の製造を手がけるカクイチ建材工業取締役の田玉千章工場長もまた、一斉導入に慎重な意見だった。「パソコンの前にいるというのは遊んでいるのと同じ、そんな時間があるなら現場で汗を流せという先代の社長のカルチャーが浸透していた」(田玉工場長)ためだ。
工場は上から下に情報が下りてくる縦割り組織で回っていた。そのため、二人の工場長は管理職にまず導入し、その後に順次現場に落としていったほうが無難ではないかと田中社長に提案した。
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