売上高1兆円の1社より1000社で1兆円

 代表世話人として、大手企業やスタートアップの経営者、投資家、ときには学生などと会い、新規事業のきっかけを探す。昨今はSNS(交流サイト)やデジタルツールを使った出会いの場やコミュニティービジネスも多いが、それらとは異なる。

 杉浦の強みは、日々会っている経営者らの情報が蓄積されている点だ。年間3000社の経営者と連絡を取り続け、情報をアップデートしていく。スタートアップの悩み事、大手企業が抱える息苦しさ、経営者の孤独。金銭の利害関係が発生しないからこそ杉浦と会った人は悩みを打ち明けたり、本質的な課題に向き合えたりする。

 話を聞く企業のビジネスがうまくいかないこともあるが、杉浦が経営者を見捨てることはない。ときには叱咤(しった)激励しながら、日々の話の中から気の合いそうな人と話す場をつくる。杉浦が見抜いたタイミングが絶妙だからこそ、新たな事業が生まれ、軌道に乗ったという例は少なくない。

 杉浦の生き方に影響を受けた経営者もいる。ITツールの導入支援をするストリートスマート(大阪市)の社長の松林大輔もその1人だ。今から10年以上前に洗車ビジネスの会社で取締役を務めていた松林は、20代の頃からそれなりに稼いでいたこともあり自信を持っていた。取引先よりも自社の利益を優先することもあったという。杉浦はその鼻っ柱を折った。

ストリートスマートの松林大輔社長(右)は「事業も生き方も杉浦さんと出会って変わった」と話す
ストリートスマートの松林大輔社長(右)は「事業も生き方も杉浦さんと出会って変わった」と話す

 「自分だけもうかっていればいいっていう態度を改めんとあかん。本物の経営者になれんぞ」。杉浦は松林の態度をたしなめた。松林はその頃、洗車ビジネスからITツールの導入支援に事業を転換しようともがいていた。そんな中で顧客の紹介などを通じて真っ先に手を差し伸べたのは杉浦だった。

 松林は今や「人の可能性を最大化する」をパーパスに掲げ、米グーグルのアプリの使い方を解説するテキスト本の出版なども手掛ける。さらに、多様な働き方を考える一般社団法人at Will Workを立ち上げ、代表理事を務める。「事業も生き方も杉浦さんと出会ってまるっきり変わった。人との出会いを大切にする姿は、自分の目指すべきところだ」と松林は話す。

 杉浦が51歳で独立してから、今年で8年目を迎える。これまでに関わった事業はおよそ1000件に及ぶ。主な収入は顧問を務めるスタートアップからの顧問料だが、それも「お願いだから受け取って」と言われてのもの。金額は数十万円にも満たない。

 「毎日いろんな人に出会って、楽しい日々を送ることが大事」と言い切る杉浦は、無理に企業を大きくすることにも、自身が事業の成功報酬を受け取ることにも全く興味がない。目標は、売上高1兆円の会社を1社生み出すことではなく、1000社で1兆円を生み、楽しい未来をつくることだ。だから今日も杉浦は大きな黒いカバンを抱えて人に会い、言葉に耳を傾ける。

(本文敬称略)

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