「スタートアップ界の禅僧」と呼ばれる人物がいる。代表世話人株式会社代表取締役の杉浦佳浩氏だ。経営者同士の出会いを生み出し、事業を立案する。にもかかわらず、報酬は一切受け取らない。オンラインを含めれば年間3000社以上のビジネスパーソンの相談に乗り、プライベートではお遍路の道を歩き続ける。58歳の今も分厚い黒いビジネスバッグを抱え、全国を飛び回る杉浦氏。その仕事ぶりと生きざまをのぞいてみた。

 「ホテルや宿泊のビジネスにチャレンジしても、いいのとちゃうかなぁ」

 2015年、東京都内の喫茶店で杉浦は地域活性化などの事業を手掛ける、さとゆめ(東京・千代田)社長の嶋田俊平にこう語りかけた。

 嶋田は環境系のコンサルティング会社を経て、地域活性化の計画作りから実装までを支援する企業を目指し、12年にさとゆめを立ち上げた。地方創生の「黒子役」として自治体などをサポートする中で、特産品の販売にとどまらず、もっと収益を伸ばしたいという自治体側の期待が膨らんでいた。観光客により長い時間を過ごしてもらうなど、深い関わり方ができないか。そう考えていた嶋田は杉浦に相談した。

 「私は宿泊なんてやったことないですけど……」「だったら地方創生の宿泊ビジネスに詳しい人を紹介しますよ」

 この喫茶店での出会いが、地方創生の裏方を務めることこそが自分の仕事と考えていた嶋田の人生を徐々に変えていくことになる。

代表世話人株式会社代表取締役の杉浦佳浩氏は「スタートアップ界の禅僧」と呼ばれる(写真=藤岡清高)
代表世話人株式会社代表取締役の杉浦佳浩氏は「スタートアップ界の禅僧」と呼ばれる(写真=藤岡清高)

 喫茶店で嶋田が紹介されたのは、関西や九州地方で空き家を活用した地域おこしをする人物だった。自己紹介もそこそこに、持続的な事業で地方創生に取り組もうと話が盛り上がった。浮かんだアイデアは村全体を宿泊施設にしてしまうプロジェクトだった。

 出会いから4年後の19年夏、嶋田は山梨県小菅村に分散型のホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」を設立した。村内に点在する空き家をホテルとしてリフォームし、村一帯を宿泊施設にする取り組みだ。空間デザイナーを起用し部屋のデザインにもこだわった。嶋田がホテルを運営する会社の代表に就任した。

山梨県小菅村の分散型ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」も杉浦氏が人と人をつないだことによって生まれた
山梨県小菅村の分散型ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」も杉浦氏が人と人をつないだことによって生まれた

 さとゆめを立ち上げた当初、嶋田は自身が事業をつくる立場になるとは想像もしていなかった。だが杉浦の生んだ出会いから、コンサルティングをするだけではなく、自身が表に出て事業を手掛けるようになった。「杉浦さんとの出会いが、非連続なイノベーションを生み出すための力を与え、背中を押してくれたと思う」。嶋田はこう話す。

 20年11月、さとゆめはJR東日本のスタートアップ支援プログラムに採択された。翌21年、JR東日本とさとゆめは共同出資会社を設立。青梅線の無人駅や沿線の空き家をマイクロツーリズム向けのホテルにするプロジェクトを立ち上げ、新しい事業が始まった。

 杉浦がつないだきっかけから新たな事業が生まれ、成長する嶋田のような事例が後を絶たない。杉浦を知るスタートアップ経営者たちは「絶妙なタイミングで、人と会う場を作ってくれる」「困った時に助けてもらった経験がある」「とにかく欲がない」と話す。

 現在も日々、人に会い続ける杉浦の交友関係は10代のユーチューバーから大企業の役員を務めた人物まで幅広い。杉浦は自分が「これだ」と思ったタイミングで、経営者や投資家同士を引き合わせる。そんな杉浦とは一体どんな人物なのか。

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