2020年末から21年にかけて、フェイスブックの動画コンテンツとして1800万もの視聴回数を記録して話題になった「ライバル・ピーク」。制作したGenvid Technologies(ジェンビッド・テクノロジーズ)の創業者、ジェイコブ・ナボク最高経営責任者(CEO)はスクウェア・エニックスで働いた経験を持つ。ナボク氏が「AI(人工知能)によるリアリティーショー」と呼ぶライバル・ピークを制作した背景や、今年から本格化させるという日本での活動について聞いた。

「ライバル・ピーク(Rival Peak)」とは?

 人工知能(AI)で動く12人のキャラクターが大自然の中で生き抜くさまを描いた動画配信コンテンツ。21年12月から13週連続で、毎日24時間配信された。台本は存在せず、AIキャラの行動と視聴者の関与によって、リアルタイムに物語の行く末が変化する点が話題になり、ゲームメディアだけでなく米ワシントン・ポストにも取り上げられた。

 視聴者の楽しみ方は大きく2つ。AIキャラに張り付いたカメラを通じて、キャラの行動や、キャラ同士の触れ合いを楽しむこと。長時間視聴できないライトユーザーは、会話ログやダイジェスト番組で物語を追うこともできた。

 もう一つが、キャラの行動や、物語への関与だ。毎日、投票イベントがあり、例えば、「明日の天気は何にする? (1)晴れ(2)雪」「そろそろ食料がなくなるみたい。どうする? (1)追加を送ってあげる(2)ちょっと苦しめてみましょう」といった設問に票を投じることができる。これによって物語の方向性やキャラの行動が変化しうる。より直接的に関与する手段として、キャラの次の行動について3択で投票する機会がある。AIの性格には人見知りや嘘つき、食いしん坊などそれぞれ特徴があり、視聴者の投票結果が行動にどう反映されるかは、この固有の人格次第となっている。

 各キャラはポイントを競い合い、毎週1人が脱落する。ポイントは視聴者数の多さなど、視聴者がキャラに関与する度合いによって変化する。また、視聴者はミニゲームなどを通じてキャラに贈るポイントを増やすことができ、視聴者はひいきのキャラが勝ち残れるように応援した。

 毎週水曜日配信のダイジェスト動画(12回)の平均視聴回数は1260万回、最高で1800万回に達した。現在、ライブ配信は終了。フェイスブックで再放送と過去のダイジェスト動画は視聴できる。

日本のゲーム大手、スクウェア・エニックスで働いていたそうですね。

ジェイコブ・ナボクGenvid Technologies CEO(以下、ナボク氏):2010年に入社し、和田洋一元社長の直属として共に働きました。14年には、和田さんが設立したシンラ・テクノロジー(16年に解散)に参加し、16年にGenvid Technologiesを設立しました。和田さんにもアドバイザーとして参画してもらっています。

<span class="fontBold">Jacob Navok(ジェイコブ・ナボク)氏</span><br />コンサルタントなどを経て、2010年スクウェア・エニックスに入社。社長付きとして、専用機向けゲームをウェブブラウザで提供するサービスや、クラウドゲームの基礎の構築などに取り組んできた。14年に同社の和田洋一元社長が設立したシンラ・テクノロジーのシニア・バイスプレジデント。16年、Genvid Technologiesを創業した。
Jacob Navok(ジェイコブ・ナボク)氏
コンサルタントなどを経て、2010年スクウェア・エニックスに入社。社長付きとして、専用機向けゲームをウェブブラウザで提供するサービスや、クラウドゲームの基礎の構築などに取り組んできた。14年に同社の和田洋一元社長が設立したシンラ・テクノロジーのシニア・バイスプレジデント。16年、Genvid Technologiesを創業した。

制作した動画コンテンツ「ライバル・ピーク」とはどんなものでしょうか。

ナボク氏:我々は、「インタラクティブなリアリティーショー」と呼んでいます。

リアリティーショーというと、日本でいうと「テラスハウス」のような。

ナボク氏:12人のキャラクターが危険を伴う自然の中で生活をしながら、その地に眠っている秘密を解いていく動画配信コンテンツです。13週にわたって毎日24時間、休みなく放映しました。各キャラクターは独自の性格を持ったAIであり、決められた台本は存在しません。

 ユニークなのは、視聴者のアクションによってリアルタイムにストーリーが変わっていく点です。視聴者は、視聴時間やキャラクター同士の会話ログ(記録)の閲覧、ミニゲームの参加などでポイントを獲得し、そのポイントをキャラクターに贈ることができます。キャラクターは集めたポイントを競い合い、毎週1人が脱落。最終的に1人が勝ち残る仕組みです。視聴者はお気に入りのキャラを応援する必要があるわけです。

 視聴者にはVote(投票)の権利があります。天気を変えたり、野生動物に食料を盗ませたりできるほか、キャラクターの次の行動について、投票できます。エンゲージ(視聴時間)が長いと、よりキャラの行動や物語に介入できるということです。

お気に入りのキャラクターを応援するには、目が離せなくなりますね。しかし、24時間見続けるのは難しそうです。

ナボク氏:視聴しきれない部分は、キャラ同士の会話ログを読んだり、毎週水曜日配信の「ダイジェスト番組」を視聴したりできます。AIキャラがフェイスブックに自分のページを持っており、それぞれの行動を確認することもできます。

 ダイジェスト番組の累計視聴時間は「1億分」を超えました。アクセスの上位国は、米国、メキシコ、ブラジル、インド、フィリピン。年齢層は、25~34歳が29%で最も多かったものの、65歳以上も8%存在するなど、かなり幅広い視聴者が集まってくれました。

 視聴者がAIの行動に介入するため、制作した我々にも物語がどう進展して、どのキャラクターが勝者になるかは、分かりませんでした。優勝したのは、オーストラリア国籍の「サーバン(Saabun)」。嘘つきで、目標がお金持ちという性格だったため、開始当初は人気がありませんでした。ところが、物語の途中で別のキャラ「ウィンター(Winter)」と親密な関係に発展し、精神的に成長を見せたことで、人気が上昇しました。視聴者の投稿コメントでは2人のキャラ名を組み合わせた「#swinter(スウィンター)」などの応援ハッシュタグが誕生しました。

「One Story, One Reality」を共有し、紡ぐ新しい体験

従来の据え置き型ゲーム機は1人、もしくは少人数で楽しむものでした。次に登場したオンラインゲームは、ネットでつながった複数のプレーヤーが「一緒にドラゴンを倒す」など協力プレーを楽しむスタイルを生みました。ただ、いずれもプレーヤーが主人公として関わってきました。ライバル・ピークはAIキャラが物語の中心にいる点が、従来のゲームと異なります。かといって、テレビやYouTubeのように一方的に眺めるだけでもなく、キャラや物語に影響力を行使できる点は、ゲーム的でもあります。

ナボク氏:ライバル・ピークは、「One Story, One Reality」を、何千万もの人が、コンテンツとして共有し、体験する点が新しいと考えています。従来型のゲームなら、それぞれのプレーヤーがそれぞれの物語を楽しみます。テレビで人気のリアリティーショー、日本ならテラスハウス、米国なら「LOST」(無人島でのサバイバルをテーマにしたドラマ)などでしょうが、それらは出演者が生み出す物語を楽しみます。

 ライバル・ピークは、AIキャラクターに視聴者が関与することで物語が変化します。サバイバルにおけるイベントは我々が用意しました。珍しいものを発見したり、隠された地下を探り当てたり。しかし、どのキャラクターが見つけるかは、視聴者の関与に左右されます。つまり、AIと多くの視聴者が一つの物語をつくり、共有する。自分が世界の一部分になれる感覚が、受けたのだと思います。

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