民間への波及は認定VCのファンドそのものに資金が投じられるだけにとどまらない。国は、認定VCの支援によって大学発ベンチャーに1000億円以上の民間投融資が誘発されたと試算している。民間の企業や金融機関ではリーチや評価が難しい学内の専門的技術に認定VCが積極的な支援・投資をして、後追いで民間VCも目を向けるようになった事例が目立つ。
一般的なスタートアップに比較し、高度な技術開発を進める大学発ベンチャーが花開くまでには相当な時間がかかる。大学発ベンチャーには⺠間VCの償還期限では短すぎるほか、専門技術を持つ大学発ベンチャーの評価がそもそも難しい。このような理由から⺠間のVCが避けがちな大学発スタートアップにリスクマネーをもたらすのがトップ国立大の認定VCの役割だ。
しかし、それだけではなく公金を運用することで大学にキャピタルゲインをもたらすという狙いもある。将来にわたる研究の資金を確保する目的で「稼げる大学」となるための第一歩とも言える。その意味で、認定VCの現状からはトップ国立大が「稼げる大学」になる上での課題が見えてくる。
認定VCより目立つ民間の「東大ファンド」
認定VCが抱える課題とは何か。1つ目が、ステークホルダーの多さから小回りが利かないことだ。
ある認定VCの関係者は「21年も年末の夕方に、国会対応のための資料をまとめるよう経産省の担当者から電話がかかってきた」と明かす。認定VCにとって事業計画を認定する文部科学省、経済産業省の要望は絶対だ。別のVC関係者は「経産省と文科省の間で異なることを要求されることもある」とため息をつく。
出資元である国立大学への説明責任もある。もちろんファンドに出資している民間企業の要望も聞く必要がある。国、大学、民間企業という必ずしも利害が一致しないステークホルダーが存在するために、民間のVCほど身軽に動けないのが認定VCの現状だ。
例えば、東大の認定VCとしては東京大学協創プラットフォーム開発(東京・文京)がある。しかし、“東大のVC”としては東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC、東京・文京)が有名だ。UTECは官民ファンドではなく東大は直接出資していない。しかし、21年5月には民間資金だけで300億円規模の5号ファンドを設立するなど、これまで集めた資金の総額は800億円以上に上る。
UTECは東京大学の学生向けに奨学金を提供するなど利益の一部を東大に還元する取り組みを実施しているが、大学に直接キャピタルゲインが入ることはない。認定VCではなく大学の名前だけ使う方が動きやすいVCになるという皮肉な状況だ。
大学内に「金もうけ」への抵抗感
2つ目の課題が「研究で金もうけする」ことに対し抵抗感を持つ教員がいることだ。
京大の認定VC、京都大学イノベーションキャピタル(京都市)。その名称には「ベンチャー」という言葉が入っていない。京大では認定VCの設立に学内から強い抵抗があり、その抵抗を少しでも弱めるために「ベンチャー」を入れなかったという。
認定VCが大学に浸透することで研究技術の事業化は身近になってきたものの、それでもまだVCがリーチできてない研究室は多い。「稼げる大学」を目指すのであれば「稼ぐ」ことへのコンセンサスを大学全体でいかに取っていくのかが課題になる。
ただ「稼ぐ」ことへの抵抗感は若手理系研究者の間では弱まっている。背景としては、研究費の獲得がさらに難しくなっており、事業化で得た資金によって研究開発を継続したいというニーズがある。
また、若手研究者にとって安定したアカデミックポスト獲得が難しい中で、大学で研究者として残る以外の選択肢として起業を選ぶ人が増えているという現実もある。「今やベンチャー育成に熱心な研究室に人材が集まるし、研究室からベンチャーが生まれることはブランディングにもなる」。東京大学協創プラットフォーム開発の水本尚宏パートナーはこう話す。
京都大学イノベーションキャピタルの楠美公社長は「事業化はあくまで研究開発を進めるための新たな手段で、研究を無理に事業化させることはしない」と語る。京大では前述のとおり認定VCの設立に強い抵抗があったが、認定VCができたことで事業化が研究継続の新たな手法として認知され、京大発ベンチャーが増えつつあると楠美社長は感じている。
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