フランスの理系教育はとにかく理論先行

1年目

 まず統計学や回帰論、機械学習などデータサイエンスの技術的な面を徹底してたたき込まれます。またRやPythonのプログラミングの授業では各学生のレベルによってクラス分けがなされ、プログラミング経験が全くない人でもとりあえず使い物になるくらいには上達するようになっています。

 さて1カ月の補習期間があったとはいえ、日本の大学で経済学専攻だった私には1年目のキツさはハンパなかったです。フランスの理系教育の特徴はとにかく理論先行なこと。分厚い教科書に書いてあるような定理、公理をまず徹底的に理解させることから始まります。覚えるのではなく、自分で証明できるようになるまで教え込まれるのです。

 私たちが一番使っていたのはJohn Monahanという統計学者が書いた『A Primer on Linear Models(線形モデル入門)』という300ページほどの本でした。教授が初日の授業で第1章第1項に書いてある定理を黒板で証明し始めたときは、思わず「留年確定したw」と友人にメッセージしたのを覚えています。しかも、基礎を徹底的に固めるためだけに授業時間を費やした揚げ句、試験ではかなりぶっ飛んだ実践問題が出ます。「理論を教えてあげるから、あとは自分の応用力でなんとかしてね」というスタンスです。

学生の方を見向きもせず一心不乱に証明を板書する教授(線形回帰の講義)
学生の方を見向きもせず一心不乱に証明を板書する教授(線形回帰の講義)

 新聞記者出身の自分はとにかく現場主義だったので、理論先行へ頭を切り替えるのに苦戦しました。そのせいか、なんと統計学、回帰分析、機械学習基礎というデータサイエンスのコア単位を3つも落とすという不覚を取りました……(追試で無事に受かりましたが!)。

 ですが、たとえ単位を落としてもそこで諦めてはいけません。教科書は卒業した今でも時折見返すほどです。今では『A Primer on Linear Models』を枕にするほど愛しています。理論先行の学び方は最初こそきつかったですが、ここで基礎を鍛えられたからこそ、今データサイエンティストとしてテクニカルな仕事ができているのだと感じています。

企業でのケース問題が多い

2年目

 2年目からは一気にビジネス寄りの授業になります。フランスにあるコンサルティングファームからデータサイエンティストを講師として呼び(もしくは学生がオフィスに出向き)、実際にプロジェクトで使われたデータとともにケース問題を解く授業が多くありました。個人的にとても面白かった授業は2つあります。

 ひとつはマッキンゼー提供の「高度データ解析」。レモネード製造工場の製造ラインでどのような戦略を立てたら生産性を向上できるかを考察するのがゴールでした。この授業、なんと現役のコンサルタントやデータサイエンティストがレモネード製造機の縮小版を教室に持ち込んできます。ひと部屋まるまる使って、小さな製造ラインを組み立ててしまうのです!

 そして製造ラインの各ポイントでどのようなデータが取れるか、データの頻度・精度はどのようなものか、を考えさせます。最後に学生をいくつかのチームに分け、各チーム内で工場長、製造責任者、レモン搾り係、砂糖を混ぜる係、ミキサー係、ボトラー、検品係を決め、制限時間内に何本のレモネードをボトル詰めできるか競うゲームもします(そうです、実際にレモンを搾ってレモネードをつくったのです!)。

 目的はデータのモニタリング結果をいかに製造過程にフィードバックできるか、どう人員を配置したら製造を最適化できるか、を体験すること。データを使った経営最適化問題を常に解いているコンサルタントやデータサイエンティストの仕事内容を垣間見ることができた貴重な経験でした。

 もうひとつは、フランスのコンサルティング会社であるDigital Value社提供の「ビジネス戦略のためのデータ分析」です。ここでは「国際石油資本のトタル社が灯油の小売販売に参入しようとしている。需要予測をして価格モデルを組み立てた上で戦略を提示せよ」というお題が出されました。

 ビジネススクールでよくあるケース問題ですが、フランスのある地域における過去の灯油の需要推移や競合の価格推移データがCSVファイルで与えられます。ブレント原油先物の価格推移、天候など外部のデータも用いながら最適な価格をはじき出す機械学習モデルを組み立てることまで求められます。データサイエンスとビジネスの要素が非常にうまく交ざったプロジェクトだったため、とても面白く取り組むことができました。

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