大学で学べる機会をつくるのは大変

 Aのケースで大学にコースを設ける場合についても少し触れましょう。諸外国ではものすごい勢いでデータサイエンス関連のコースが増えており、そのほとんどがマスター(修士)です。データサイエンスを修士で学ぶことのメリットとしては、様々な経験を持った学生を集めることができるため、より高度な知識の共有が学生同士でできることにあります。

海外で増えているデータサイエンス×ビジネスの修士コース
海外で増えているデータサイエンス×ビジネスの修士コース
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 現在、日本では滋賀大学、武蔵野大学、横浜市立大学、立正大学などがデータサイエンス学部を設置しています。そのうち、よく構成されていると私が思うのが滋賀大学です。金融機関やサービス業の企業との共同プロジェクトを多く用意しているので、実践的なカリキュラムだと思います。興味のある方は参考にしてみてください。

Ecole Polytechniqueでの講義「回帰分析」の様子
Ecole Polytechniqueでの講義「回帰分析」の様子

それでも私が大学院にいった理由

 私がオンライン教育ではなくわざわざ現地の大学院に通う選択をした理由は単純です。前回の自己紹介にも書いたように17年まで新聞記者をしていました。あまりにも畑違いの分野(ジャーナリズム)から飛び込むため、海外で職を得るためには名の知れた学校を修了するのが近道だと考えたのです。特に、日本以上に学歴社会が色濃いフランスでは、学校名は就職活動において非常に大きな意味を持ちます。同時に単純にヨーロッパで生活して多文化に触れたいという思いもありました。

 世界大学ランキング上位に乗るような著名な大学院であれば、完全オンラインで教育を済ませるよりも仕事を見つけやすいのだと思います。実際に授業料がべらぼうに高いのも、履歴書にその大学名を書く権利を買っているようなものです。ただし、もう10年もすれば企業がオンライン教育を経た人たちのスキルの高さに気が付き、この価値観も逆転しているでしょう。

インターンシップはめちゃくちゃ大事

 さて、ピラミッドの一番上、インターンシップの話をします。大学で学ぶにせよオンライン教材を使うにせよ、データサイエンスの学びの場と並行して実践的な経験を積める機会を準備することは非常に重要です。そこで日本ではインターンシップをより普及させることが不可欠だと思います。

 なぜデータサイエンスの分野でインターンシップの経験を積むことが大切なのでしょうか。それは「授業ではカバーしないけれども、実際のプロジェクトのなかでデータサイエンティストの役割として必要不可欠な部分」がたくさんあるからです。

 いくつか例を挙げてみます。

・膨大な種類のデータのなかから機械学習に必要なものだけを選び出し、整合性を失わないように統合する
→授業ではあらかじめ必要なデータだけしか与えられない

・ぐちゃぐちゃに汚いデータをきれいに整える
→授業では欠損値が取り除かれたり分散が整えられたりしたきれいなデータが渡されるが、実際のデータはもっと汚いことがほとんどで、データサイエンティストの勤務時間の半分以上が実はここに割かれる

・数ある機械学習モデルのなかから最適なものを選ぶ
→教科書ではaccuracy(正確性)やrecall(再現率)、precision(適合率)などがモデルの比較指標に挙げられている。だが、実際のビジネスのプロジェクトでは最もビジネスインパクトの大きい(=最も稼げる、コストを削減できる)モデルを選ぶことが重要。それは必ずしもaccuracyやrecall、precisionの値が最も高いモデルとは限らない

・データサイエンスを知らない人を説得する
→プロジェクトの予算を決める人や権限を持つ人がデータサイエンスに明るくない場合、そのプロジェクトが企業にどれほどの収益をもたらすか、専門用語を一切使わずに説明する必要がある

 特にデータサイエンスを勉強している学生のなかには「はやりものにとりあえず乗ってみた」感覚で勉強している人も多く、いきなりデータのビジュアル化や機械学習モデルの構築など、派手なことをやりたがる傾向にあります。

 しかし、現実はそんなに華やかではありません。上に挙げたような地道な作業の重要性を理解するのに、インターンシップは重要な機会なのです。

 またビジネスの畑からAIの技術的な面を学びにくる人の多くはコーディングの経験がない場合がほとんどです(私自身もそうでした)。インターンシップで毎日ごりごりコーディングし、社内で他の人の書いたコードを読んで理解することでプログラミングスキルは飛躍的に伸びます。

 余談ですが、日経で記者をしていた頃についてしまった癖の話をします。記者の間では、デスクが編集した原稿や紙面案を紙に印刷して一字ずつ赤線を引きながら誤字脱字がないかチェックするというやり方が推奨されていました。この「紙に印刷しないとじっくり読めない」という習慣が抜けず、修士1年目の夏に働いたインターン先企業でも、私は他の人が書いたコードを全部プリントアウトしてじっくり読んでいました。上司から「この会社でプリンターを使っているのはお前だけだ」と呆れ顔で笑われてしまって以降、スクリーン上でコードを理解するようにしています。

 ヨーロッパの修士課程では1年目と2年目のあいだに4~6カ月、卒業後にもまた4~6カ月のインターンシップの経験を積むことが一般的です。企業は新しいプロジェクトを立ち上げるとき、コストが安くて済むインターン生を1人か2人チームに雇うことを考えます。つまりインターン生はプロジェクトの立ち上げからサービス・製品のローンチまでの一連の流れを学ぶことで、その企業の人々や社風を知りながら実践的スキルを身に付けることができます。企業にとっても学生をひとつのプロジェクトに参加させることで能力を一通り見ることができ、採用の判断もしやすくなるメリットがあります。

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