国内の格差拡大、米国・中国・ロシアなどをめぐる国際的な対立――。混迷と分断が広がり、第2次世界大戦後から機能してきた世界秩序に、ほころびと限界が見られる。世界の知識層が愛読する国際問題の定期刊行誌「フォーリン・アフェアーズ」の発行元として知られる米外交問題評議会のリチャード・ハース会長によれば、世界をリードすべき米国エリート層は、自国や世界の重大な歴史を学ぶ機会がなく社会に出ており、不安を覚えるという。

 内向き志向を強化するソーシャルメディアの台頭で個人の関心が狭くなる一方、半導体不足やカナダの物流混乱によるジャガイモ不足などに見られるように、世界の出来事は日々、身近な生活に直結している。世界を知ることは、これまで以上に重要であるはずだ。米国の知識層の間で、今、何が起こっているのか。我々は今、世界史的にどのような地点に立っているのか。企業の役割はどう変わっているのか。ハース会長に聞いた。

(聞き手は日経ビジネス副編集長、広野彩子)

米国人が、第2次世界大戦をはじめ米国史や世界を巡る重要な歴史を全く学ばないことに衝撃を受けたそうですね。しかもそれが、米国の知識層にまん延していると。

リチャード・ハース米外交問題評議会会長(以下、ハース氏):残念ながらそうなのです。米国人は初等教育から高等教育まで、歴史上の重大事件を全く教えないし、学んでいない。ほとんどの米国人は、誰がこの国を独立に導いたかさえよく知らない。

 私が以前、米マサチューセッツ州郊外で釣りをしたとき、偶然会った米スタンフォード大学卒業間近の学生が、専攻はコンピューター科学で、経済学も歴史も政治学もほとんど学ばなかったと話していました。つまり、トップスクールの優秀な学生が4年間大学で過ごしても、我々を取り巻く世界への理解が完全に欠落したままで卒業できてしまう。

 世界は、我々全員にとって重要です。物理的にも、個人的にも、そしてビジネスでも。メディアのニュースに目を向ければ、国際的な話題が満載です。しかし、老若男女、多くの人々が世界で起こっていることを知らない。大学に行こうが行くまいが、勉強しない。勉強したとしても忘れてしまっている。

<span class="fontBold">リチャード・ハース[Richard Haass]</span><br />米外交問題評議会会長<br />外交官、外交政策担当として豊富な経験を持つ。米国のジョージ・H・W・ブッシュ政権で大統領上級顧問(中東政策担当)、コリン・パウエル国務長官(当時)のもとで政策企画局長を務める。ベストセラー『A World in Disarray』など著書多数。
リチャード・ハース[Richard Haass]
米外交問題評議会会長
外交官、外交政策担当として豊富な経験を持つ。米国のジョージ・H・W・ブッシュ政権で大統領上級顧問(中東政策担当)、コリン・パウエル国務長官(当時)のもとで政策企画局長を務める。ベストセラー『A World in Disarray』など著書多数。

憲法や南北戦争を知らない米国人

 世界と自分のつながり、自身の国の外交政策と世界のつながりを理解することなしに、これから直面する時代の荒波に備えることはできません。世界情勢について基礎から分かるグローバルリテラシーを読者に身につけてほしいと考え、『The World 世界のしくみ』(日本経済新聞出版)を書きました。

 世界のしくみがどうなっていて、世界の出来事がなぜ自分にとって重要なのか、世界の出来事が自分とどうつながっているのか、という基本をまとめたものです。

米国には歴史教育がないということでしょうか。

ハース氏:米国人には、系統だった歴史を学ぶ機会がないのです。国に共通するカリキュラムがなく、教える内容は教師次第、自治体次第。米ロサンゼルスと米ボストン、米ニューヨークでは恐らく違う歴史を教わります。実に不健全です。国家にとってもよくない。

 ほとんどの米国人は、米国には、アメリカ合衆国憲法が2つあることも分かっていない。建国当時の1787年アメリカ合衆国憲法と、その後、27カ条の修正をしてできた現在の憲法との違いを知らない。

 アメリカ独立戦争や南北戦争、世界大恐慌などといった重要な歴史を分かっていないし、過去に米国が国外でやってきたことも知らない。米国民全員が必ず知っている基本的な共通知識、共通認識がないのです。

 しかし米国以外でも、自国の歴史をうまく教えられてはいない。教えていても、かなり選んでいる。ある種の「神話」を宣伝する。知られてはまずいことや、やっかいなことには蓋をして教えない。

 ですので、実は私は今、米国史を書いているのです。米国史と米国の民主主義を伝えることは、民主主義の未来を、成功へと導いていくために必要なことです。

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