
競争政策が今、大きな転換点を迎えている。デジタル化の進展に伴って、AI(人工知能)やビッグデータを通じて様々な産業が融合し、産業構造の新たな転換が予感される。それとともに、競争政策がこれまで念頭に置いていた競争観も大きく変化しつつある。
DX(デジタルトランスフォーメーション)化というイノベーションのインパクトは、幕末開国後の近代日本における交通や通信が果たした役割に匹敵する大きさかもしれない。本稿では、DXと交通・通信が汎用技術として同様の側面をもつことに着目し、産業構造の転換と競争政策への含意について論じてみたい。
DXは「GPT」である
DXのように様々な事業分野に多様な目的で使用できる技術をGPT(General Purpose Technology:汎用的な目的に使える技術)と呼ぶ。GPTとして、しばしば取り上げられる例が、コンピューターや電力である。DX化も第1次産業(農林水産業)・第2次産業(製造業)・第3次産業(サービス業)といったすべての産業に影響を及ぼし得る点で、GPTと呼ぶにふさわしいといえるだろう。
農業や製造業の現場でも、自動化やシミュレーターを用いたDX化が浸透しており、今後も自社の製造工程や匠の技を「見える化」することなどで、さらなる効率化が進むことが期待される。
GPTは産業構造を大きく変える潜在力がある。とりわけわが国において産業構造を大きく変えたGPTの過去の代表例は鉄道と通信だろう。両技術とも、1854年にペリーが再訪したとき、模型を通じて紹介された技術である。
近代日本におけるGPT
鉄道や通信が日本社会に浸透する前は、国内市場は局所的な地域経済圏に分割されていた。遠隔地商業が発達してはいたものの、離れた地域経済圏同士の交流には地理的・物理的な制約があった。ヒト・モノの輸送や情報の伝達は、人馬が耐え得る限界という制約があり、地理的制約を超えた自由な経済活動には高い取引費用を要した。
電気を利用した通信は、遠い地域同士の迅速なコミュニケーションを可能にした。鉄道や汽船の発達は、大量輸送を現実のものとし、取引費用を大きく削減することになった。局所的な経済圏を越えた地域間取引の拡大は、より規模の大きい市場を生み出すことになる。統合された市場には、企業参入が起きてさらなる競争が生まれ、より効率的な市場取引が可能になった(図1)。
輸送スピードが速まり、輸送量が増えるにつれて、経済圏は地域を超えてグローバルにも拡大し、経済圏が生産地と消費地に分離するようになった。生産・消費に特化する地域が出現することによって規模の経済性が働き、巨大な生産地・消費地が誕生することになった。
地縁・血縁を基盤にした地域共同体から経済活動が遊離し始め、取引・契約関係も匿名性を帯びるようになった。取引・契約がなされていることを迅速に確認するために、郵便以上に情報を迅速にやり取りできる通信ケーブルに対する需要が高まり、金融や保険などにおいても新たなサービスが求められるようになった。
また経済活動の場が移り変わるにつれて、職を求めてヒトの移動も活発になり、従来の地縁・血縁を基盤とした職住近接の地域共同体も徐々に溶解するようになった。
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