また、データに間違いがあるときにはどうしたらいいかという、いわゆる観測誤差への統計的対処も考えられるようになってきた。カード教授は、この点にとりわけ注意を払ってこられたように感じる(そしてこれは、2015年にノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学のアンガス・ディートン教授も同様である)。

 多数の標本があるとき、個別の標本には、時には大きなエラーが存在し得る。データの間違いは、個別の標本では大きい可能性もあるが、似た属性を持つ標本のグループを定義し、そのグループで平均すれば小さくなる。

 そのため、カード教授の論文、さらに今回、共同受賞されたアングリスト教授の論文には、グループ平均値を用いた分析が含まれていることが大変多い。グループ単位で集計された平均値には、個別のデータに存在し得るエラーの影響が小さくなっている。単純な分析ではあるものの、それを軽視しない傾向は、00年代以降の論文でも受け継がれているように思う。

プリンストン時代に熱心に学生を指導、育成

 カード教授は、プリンストン大学に筆者が在籍していた期間、大学院生の多くを直接間接を問わず指導しておられた。カード教授に指導を受けた学生達は、必ずしも労働経済学の専攻者に限らなかった。他分野の実証研究をしている学生や、ご自分が直接指導されているわけではない学生(筆者もそのうちの1人であるが)に対しても、気軽に相談に乗ってくださり指導しておられた。

 当時、カード教授に感化を受けた学生は多数いたし、それはその後も続いただろうと思う。大学院生の指導にあれほど熱心でおられたことには、ただただ敬服するばかりだし、そう感じた大学院生も多かっただろう。

 多くの学生がそのような学びから、自分自身の教育・研究の方向性を見いだし、その後のキャリアをおのおののやり方で築いていくことができた。また学生に限らず、セミナーなどで報告される研究についても、多くの貴重なコメントをされており、労働経済学研究に与えた影響は大きかった。

 1990年代前半のプリンストン大学では、大学図書館に労働経済学を専門とする研究者が集まる一角があった。そこには教員のオフィス、大学院生の共用オフィス、談話スペースがあり、談話スペースでは様々な対話が展開されていた。

 そうしたスペースがあることは、教員・大学へのビジター研究者・大学院生の交流や情報交換を容易にしたように思う。そのような情報交換をする機会は、研究の充実や若手研究者の意欲やスキルの向上のために、大変貴重であったのかもしれない。

 筆者自身も、カード教授に教授自身が過去の研究で使用されたプログラムを提供していただいたことがあった。そのプログラムを参考にしながら自身のデータを使って推計をするわけだが、その過程でも、うまく動かないときには人工的にランダムに発生させたデータで推計して試せばよい、などといった方法を直接教えていただいた。

 筆者を含め幅広く学生を指導されたことは、現代風に言えば、当時の大学院生を「誰1人取り残さない」ためにご自身の努力を全く惜しまない、という姿勢であったと思える。そのような学びの機会を共有させていただいたことは、筆者にとっても大変貴重な経験であったと、改めて実感している。

この記事はシリーズ「グローバルインテリジェンス」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。