第2は、「最低賃金に関する政治の上での政策論争は、政策の経済全体に占める重要性の程度と比較すると過大である。最低賃金は、所得分配政策ではあるが、再分配される所得は大きいものではなく(1990~91年の米国の最低賃金上昇によって再分配された額は、賃金として支払われる総額のうちの0.2%であった)、それに比較すると政策論争は過大といってよい。(他の再分配政策でより多くの所得を分配している政策はいくつかあるが、それらが同程度の政治的注目を集めてはいない)」という部分である。この部分は、最低賃金が雇用を減らすというコストが小さい一方で、それによる所得再分配上の便益も小さいことを述べている。

 最後は、「最低賃金上昇の効率上のコストは小さい、小規模な所得再分配政策である。最低賃金に反対する人々はその効率上のコストを過大に懸念し、また上昇を主張するグループはそれによる貧困削減の影響を強調しすぎる」という内容である。これらを字義通りに読むならば、最低賃金を上げるかどうかについて、それを支持するとも支持しないとも読めないと思う。

 以上のように、「この授賞が結果的に最低賃金引き上げを求める声を一段と強める」というのは、少なくともこの本に書かれている内容から直接的に導かれることではないと、筆者は理解している。最低賃金を上げることの効率性で見たコストが小さいとしても、それで達成できる所得再分配もそれほど大きくないのであれば、コストも小さいが便益も小さい政策を実施するのは合理的なのか?という議論が求められていると理解するほうが妥当であろう。

データを用いた実証分析の発展

 90年代初めの頃というのは、メインフレーム(汎用コンピューター)やワークステーションなどを共用で使うこともごく一般的だった。Windowsで複数のアプリケーションを一度に開くことも、それほど普及していなかったと思う。

 コンピューターの能力の向上、データの電磁的保存のコストの低下は、データを用いた実証研究を時代とともに大幅に容易にした。経済学分野でも、大きなデータを用いた実証研究を一般的なものにしていった。

 労働経済学は、個人の労働力状態(就業・失業・非労働力)、労働時間、所得、学歴、その他の属性などを調査した比較的大規模なデータを用いた研究が多いが、コンピューター技術の進展は、そのような分析を可能にしてきた。

データによる分析には様々な間違いが起こり得る

 それとともに、データを利用した実証分析の研究者は増え、また、経済学上の仮説もデータで裏付けられることで説得力を増すという視点が重視されるようになった。カード教授はその中にあって、慎重にデータを分析することに特に注意を払っておられた。データを用いた実証分析は、様々なレベルで「間違い」が生じうるからだ。

 もともとのデータが間違って記録されることもあるだろうし、推計方法が最適でないものを選択してしまった場合や、少数・小規模の変化が推計値を大きく変えてしまうような場合に、理論仮説から導かれる関係をデータに当てはめてみてもその定式化を間違えてしまう場合、などいろいろなことが考えられる。

 そのため、そうした間違いがありうることを想定し、間違いを回避する努力をしたうえでもなお間違いがあったとして、それでも言えることはどの程度のことなのか?を常に考えておられた。複雑なモデルよりも単純な集計のほうが、集計の間違いなどに影響されづらい、そのようなことを強調しておられた。

次ページ プリンストン時代に熱心に学生を指導、育成