
目的と手段の逆転が生じて道筋を見失ったとき、イノベーションは失敗する。ロレイン・マルシャン氏は、幼少期からイノベーターとして活躍してきた。彼女の新著『イノベーターのマインドセット:あらゆる業界を革新するための8つの手順』(米コロンビア大学出版、2022)は、30年にわたる新製品開発の経験を基にした、イノベーションの手順を書き記している。現在米IBMワトソンヘルスのライフサイエンス担当ゼネラルマネジャーを務める彼女が考える、イノベーションに対する正しいアプローチと多くの人が犯す過ちについて尋ねた。
(聞き手はMITスローンマネジメントレビュー編集部 エリザベス・ハイヒラ―)
イノベーターが新製品を開発する過程で最も犯してしまいがちな重大な間違いとは何でしょうか?
ロレイン・マルシャン米IBMワトソン・ヘルスライフサイエンス担当ゼネラルマネジャー(以下マルシャン氏):多くのイノベーターが、特にテックかいわいで、「モノをつくれば結果は後からついてくる」という安易な考えがあります。
私はテクノロジーによる影響が大きいライフサイエンスとヘルスケアの分野で多くの時間を過ごしてきました。私が創業の初期段階のイノベーターや起業家と仕事をするとき、彼らは工学や化学、コンピューターの研究室にいます。そこで、彼らは何かにつまずいたり、研究テーマを進めたりしながら、技術の一部を開発していました。それらの技術はとても素晴らしく、先進的です。
おのずと、イノベーター・起業家はその技術を社会実装したいと思うようになります。しかし、すぐにビジネスプランに取りかかってしまうため、イノベーションの基本を見逃してしまいます。「この製品は一体どんな問題解決ができるのか? それにお金を払いたい顧客は存在するのか?」、この問いに答えずしてビジネスプランを立てることはできないというのが、私が本書で一番言いたかったことです。
例えば、私はキャリアの初期に、イスラエルの研究所からある技術のライセンスを取得した同僚とチームを組んだことがあります。
この技術は、あらゆる種類の生体試料から酸化ストレスを測定できるもので、大変素晴らしいものでした。彼は大金を払ってこの技術を米国に持ち込みました。酸化ストレスのあらゆる専門家を探し深く調べたところ、酸化ストレスは、単にあらゆる病気の副産物に過ぎないことが分かりました。
その結果、この技術を用いて何がしたいのか、心臓病に対処したいのか神経変性領域に取り組むのかが、分からなくなってしまいました。酸化ストレスがあらゆる病気の副産物であるがゆえに、選択肢があまりにも多すぎたのです。この技術が最も輝くユースケースを絞り込むことすらできないまま、私たちの資金も精神も何もかも尽きてしまったのです。
このようなことは、今のワトソン・ヘルスでもよく起こります。IBMの研究組織には、素晴らしいイノベーションの精神があります。選りすぐりの研究者やコンピューターサイエンティスト、エンジニアたちがテクノロジーや人工知能(AI)といった新しいソリューションを考え出そうとしています。
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