ノーベル経済学賞授賞の発表を受け、勤務先の米ブルッキングス研究所で会見する元米連邦準備理事会議長、ベン・バーナンキ氏(写真=AP/アフロ)
ノーベル経済学賞授賞の発表を受け、勤務先の米ブルッキングス研究所で会見する元米連邦準備理事会議長、ベン・バーナンキ氏(写真=AP/アフロ)

 2022年のノーベル経済学賞は「銀行と金融危機に関する研究」に対してベン・バーナンキ、ダグラス・ダイヤモンド、フィリップ・ディビッグの3氏に授与された。

 ダイヤモンド氏とディビッグ氏は銀行に関する標準理論モデル「ダイヤモンド・ディビッグ・モデル」を構築したことが評価された。銀行が資金の「満期変換機能」を果たしていることをこのモデルは理論的に示している。

 満期変換機能とは、銀行が預金者からいつでも引き出せる「要求払い預金」を集め、それを使って企業の長期投資に資金を融通することをいう。また、その機能を果たしているが故に銀行は不安定な存在であり、取り付け騒ぎのリスクにさらされることを示した。一方、バーナンキ氏は、20世紀初頭の大恐慌における銀行危機の役割を解明したことが評価された。

 大恐慌が歴史上まれに見るほど深刻な不況になったのは、多くの銀行が倒産したからだということを実証的に示した。

 本稿はバーナンキ氏に関するものである。ダイヤモンドとディビッグ両氏に関しては、本シリーズ2022年10月17日掲載の植田健一教授の寄稿をご参照いただきたい。また、バーナンキ氏は2006年から2014年までは米連邦準備理事会(FRB)議長を務めた。2009年に発生した世界金融危機時に米国金融政策のかじ取りをしたことを、多くの読者がご存じだろう。

 しかし、本稿ではバーナンキ氏の政策担当者としての側面ではなく、授賞理由となった学術研究の解説をする。最後に、バーナンキ氏が米プリンストン大学教授だったときに、筆者は大学院生として講義を受け、博士論文の審査委員も引き受けていただいた(指導教員は、現在は米コロンビア大学のマイケル・ウッドフォード教授であった)。その時のエピソードも紹介したい。

銀行危機により恐慌が長く深刻に

 世界大恐慌は、1920年代終わりから30年代に発生した、非常に深刻かつ世界的な景気後退である。多くの経済学者が大恐慌を理解すべく努力してきた。マクロ経済学の生みの親ジョン・メイナード・ケインズの代表作は36年刊行の『雇用・利子および貨幣の一般理論』(翻訳書は岩波文庫)であるが、これも大恐慌に強い影響を受けている。

 バーナンキ氏自身、「大恐慌はマクロ経済学における聖杯である」と述べている(参考文献1)。聖杯(the holy grail)とは「非常に探すのが難しいもの」、「非常に高い目標」という意味だ。

 バーナンキ氏は、銀行危機の発生こそが大恐慌を深刻かつ長い不況にしたということを明らかにした。銀行危機により経済の金融仲介が損なわれ、特に農家、中小企業や家計といった銀行への依存度が高い経済主体の消費・投資支出が大きく減少したことを実証的に示した。

 現在の視点では、それは当たり前ではないかと思うかもしれない。読者が当たり前と思うという事実こそ、バーナンキ氏の研究成果が直接的、間接的に、広く人々の間に知られていることの証左だと思う。

 授賞理由の主要業績に挙げられているバーナンキ氏の1983年の論文は「Nonmonetary effects of the financial crisis in the propagation of the Great Depression」(参考文献2)という題名である。この「Nonmonetary effects(非貨幣的な効果)」という部分にバーナンキ氏の新規性がある。

 バーナンキ氏の論文以前の主流な仮説はミルトン・フリードマン氏とアンナ・シュワルツ氏のものである。両氏の研究は、大恐慌時における貨幣量の急激な減少に注目した。標準的なマクロ経済理論によれば、貨幣量が減少すると消費や投資などの総需要が減少し、物価が下落する。両氏によれば、貨幣量が急激に減少し、それに対して当時の連邦準備銀行が有効な政策を実行しなかったから大恐慌が深刻化した。

 フリードマン、シュワルツ両氏も銀行危機の影響に注目しているが、バーナンキ氏の視点は異なる。フリードマン、シュワルツ両氏によれば、銀行危機とそれに伴う預金流出が急激な貨幣量の減少につながったとされる。注目しているのは貨幣量減少の効果、すなわち「Monetary effects」である。

次ページ 金融部門と実体経済の連関を実証