AI(人工知能)など先端デジタル技術が急速に広がる現代社会。多くの仕事が機械に代替されると予想される中、これから求められる教育や、人間が労働や社会活動を通じて果たすべき役割が問われている。オランダ政府は教育全体の底上げに加え、国内外教育機関との関係強化を通じた高度人材の確保やプロフェッショナル教育によるイノベーション(技術革新)振興などに取り組んでいる。

 教育研究政策で旗を振るのは、かつて米プリンストン高等研究所長も務めた物理学者であるロバート・ダイクグラーフ文化・教育・科学相だ。これからの時代、人間に必要とされる能力やそれを育むための教育はどう在るべきか。このほど来日したダイクグラーフ氏に聞いた。

(聞き手は広野彩子)

持続可能な国家の未来に必要な、イノベーション振興にまつわる話題について質問します。まずダイクグラーフさんご自身がトップクラスの研究者から政治家に転じたのはなぜですか。

ロバート・ダイクグラーフ オランダ教育・文化・科学相(以下、ダイクグラーフ氏):昔は政治家になろうなどとは夢にも思っていませんでした。実際、過去に私が「政治家になることなど絶対にない!」とお答えしているインタビューもあるほどです。(笑)

ロバート・ダイクグラーフ(Robbert Dijkgraaf)氏
ロバート・ダイクグラーフ(Robbert Dijkgraaf)氏
オランダ教育・文化・科学相 1960年1月生まれ。89年オランダのユトレヒト大学で理論物理学(ひも理論)博士号取得、米プリンストン大学物理学部研究員。92年オランダのアムステルダム大学数理物理学教授、同大学特別教授を経て2008年オランダ王立芸術科学アカデミー会長、12年プリンストン高等研究所長。フランス高等科学研究所、英アイザック・ニュートン数理科学研究所をはじめ多数の研究機関で諮問委員を務めた。22年1月から現職。LGBT(性的少数者)の権利保護などについても担当する。オランダ有力紙「NRCハンデルスブラット」で18年間、コラムニストを務めた。

若者への投資が不可欠

 それでも今の立場に転じた理由として最初に申し上げたいのは、とにかく私が教育と研究に対して大変な情熱を持っているからです。私の人生は、研究への思いを支えてくれるこの社会があったからこそかなえられたと痛感しています。ですから社会がより前進するためには、若い人たちに投資するのが一番だと強く感じているのです。

 以前の私は自分の意見を発表する立場でしたが、今は単に意見を言うだけでなく、「ではあなたは何をするのか?」と聞かれる立場にいるのだという覚悟があります。政策を決める責任は重大です。

 教育・研究の国である母国オランダがずっと大好きでした。だからこそ私には、この状況をもっと良くしたいという気持ちが強いのです。現在のオランダ政府には大きな野心がありますから、高等教育や研究に対してここ何十年かで最大級の投資をすることも可能です。

 科学者としての私の人生は、ずっと国際的なものでした。世界各地を旅して仕事をしてきました。科学は普遍的なものです。政治家として、大臣としてもう1つの目標は、研究者として身につけた国際的な視点をずっと持ち続けることです。

 今、私がこの立場にいられるのは素晴らしいことです。研究で協力することができるのと同様に、政策研究においても協力することができるし、協力することでお互いに学ぶことができるからです。

政策も、研究としてとらえているのですね。

ダイクグラーフ氏:科学者として感じていることの1つは、近年、政府が対応に苦慮している重要課題がいずれもイノベーションやテクノロジーに関係があるというだけにとどまらず、それら自体が大きな社会的な問題であることです。

 気候変動問題やエネルギー転換をどうするかといったことや、今経験しつつある農業の転換など、ほぼすべてのテーマで科学が重要な役割を果たしています。内閣で議論される話題の多くが実は科学的な問題なので、私にとって非常になじみやすく自然体でいられます。

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