
ソ連邦最後の最高指導者であるミハイル・ゴルバチョフ氏が2022年8月に亡くなった時、筆者は01年に実施した彼との長時間インタビューを思い出した。その書き起こしをあらためて読み返すと、ゴルバチョフ氏を冷戦終結へと突き動かした彼の思考と戦略の明瞭さに感嘆するとともに、彼がロシアのプーチン大統領に対して、当時からすでに条件付きの見解を持っていたことにも驚かされた。
プーチン大統領は、ゴルバチョフ氏が始めた改革の最大の受益者だった。プーチン大統領は、ソ連の情報機関、国家保安委員会(KGB)の元スパイで失業中の身から、わずか10年でロシアの大統領になった。ゴルバチョフ氏が亡くなった時、プーチン大統領はソ連最後の最高指導者が「歴史的」役割を果たしたことを認めつつも、「忙しすぎて」葬儀には参列しなかったという。
01年のインタビューで、私はまずゴルバチョフ氏に、ソ連経済の病巣は何だったのかという診断を仰いだ。彼は「我々のシステムはあまりに煩雑で、科学技術革命がもたらした課題に対応することができなかった」と答えた。
「女性のストッキング問題」を解決できなかったソ連
1980年代初め、ソ連政治の先達が「女性のストッキング問題を解決する委員会」の設立を計画していたことを思い出して、彼は怒り始めた。「宇宙へ飛び、人工衛星『スプートニク号』を打ち上げ、あれだけのミサイル防衛システムをつくった国が、女性のストッキングの問題を解決できないなんて信じられない」と憤慨した。「歯磨き粉も粉せっけんもない、生活必需品もない。そんな政府の中で働くのは途方もなく、屈辱的な経験だった」
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