衆院選挙区画定審議会の川人貞史会長(右)から勧告を受け取る岸田首相=2022年6月16日、首相官邸(写真:共同通信)
衆院選挙区画定審議会の川人貞史会長(右)から勧告を受け取る岸田首相=2022年6月16日、首相官邸(写真:共同通信)

 2020年国勢調査の結果が出そろい始めた昨年来、日米両国において選挙区の区割りの改定が進んでいる。日本では、1票の格差を2倍未満に抑えるべく、衆議院選挙小選挙区の定数の「10増10減」に伴い区割りが見直され、2022年6月16日に衆院選挙区画定審議会(区割り審)が新たな区割り案を内閣総理大臣に勧告した。

 やはり社会的関心が高い「10増10減」にばかり注目しがちだが、区割り審による勧告案の作成過程にも目を向ける必要がある。実は、選挙区割りの作成は、高性能なコンピューターをもってしても、極めて困難な作業なのである。

 また、米国では、新たに策定された区割り案において、ゲリマンダー(Gerrymander: 特定の党派、候補者、有権者グループなどが有利あるいは不利になるように、区割りを作成すること) が発生しているかどうかを巡り各地で訴訟が展開されてきた。

 行政区画に配慮しつつ1票の格差の低減を図ったり、区割り案が特定の政党や有権者グループに不公平なのかを判断したりするのは、容易ではない。そこで近年、米国では、ゲリマンダーの識別に区割りのシミュレーションアルゴリズム(独自のアルゴリズムによるシミュレーション)を用いる研究が盛んだ。

 日本でもEBPM(Evidence-Based Policymaking)が脚光を浴び、客観的なデータの活用に注目が集まる中、区割りの改定の分析においてシミュレーションアルゴリズムが果たし得る役割は大きい。本稿では、シミュレーションアルゴリズムを用いた、選挙区割り改定と1票の格差に関する分析を紹介する。

シミュレーションの有用性

 ある地域を複数の選挙区に分割する方法は膨大にあり、手作業による区割りには限界がある。4×4の格子状の地域を、4つの連続した選挙区に分ける場合、区割りはいくつ存在し得るか想像してほしい。

 このシンプルなシナリオでさえ、存在し得る区割りの案は6万2741通りに上る(https://mggg.org/table.html )。現実の区割りはさらに複雑だ。日本国内の各都道府県において、市区町村を分割することなく区割りを行う場合でも、生じ得る区割り案は天文学的な数となる(参考文献1)。市区町村より細かい町丁・字などを単位に区割りする場合もあり、その場合、存在し得る区割りの案はさらに膨れ上がる。

 膨大な数の区割り案をしらみつぶしに列挙するのは、実は、高性能なコンピューターでさえ難しい(参考文献2)。加えて、区割りの際は、様々な条件を順守する必要がある。区画審は、市区町村・郡は原則として分割しないこと、飛び地を作らないこと、全国の1票の格差を2倍未満とすることなどを定めた「区割り改定案の作成方針」にのっとって区割りしている。ただでさえ区割り案の候補は莫大な数となるにもかかわらず、こうした条件を順守しつつ、手作業で適切に区割りすることは、非常に困難だ。

 そこで、区割り作成時に守られるべきだとされている条件を順守しつつ、区割り案の代表性を確保した標本を得られるようなアルゴリズムが有効である。

47都道府県区割りシミュレーション

 筆者らが立ち上げたALARM (Algorithm-Assisted Redistricting Methodology)Projectでは、シミュレーションアルゴリズムを活用した選挙区割り改定の分析を研究している。具体的には、市区町村分割をなるべく避ける、選挙区間の人口の均衡を図るといった所与の条件に従いつつ、区割り案を無作為に多数作成できるアルゴリズムを開発している(参考文献3、6)。R言語によるオープンソースソフトウエア redistを用いると、アルゴリズムを用いた区割りのシミュレーションを比較的容易にできる(参考文献4)。

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