
ペロシ米下院議長の台湾訪問に中国が反発、米中関係の緊張が高まった。国際関係論分野における気鋭の研究者、大阪経済大学の籠谷公司准教授が中国の「外交的抗議」が台湾の世論にもたらす影響を、「ラリー現象」という国際政治学の視点で分析した。
国際関係論の研究課題の中に、ラリー現象(rally-‘round-the-flag phenomenon)というものがある。ラリー現象とは、軍事的行動(文末参考文献1)や経済制裁(文末参考文献2~5)といった対外的な脅威が標的国内で愛国心を喚起し、国民による政治リーダーや対外政策への支持が増加することを指す。
外交的抗議は軍事的行動や経済制裁とは異なり、標的国民に対して物理的な損害を与えない。しかし、安全保障政策が顕著な争点である限り、外国からの否定的な声明でさえも標的国民の間に愛国心を引き起こすことは十分に可能となる(文末参考文献6)。
2022年8月2日、ナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を訪問した。中国はペロシ氏の訪台を抑止するために外交的抗議を繰り返し、訪台直後には台湾周辺の海上封鎖を想定する軍事演習を行い台湾海峡の緊張を激化させた。
ペロシ氏の訪台の政治的な目的は、中国の一国二制度に関する方針転換や、ロシアのウクライナ侵攻の対応に追われる中で、中国による台湾侵攻が勃発することへの抑止にあった。つまりペロシ氏の訪台は、中国から台湾への脅威が拡大することへの反応として捉えることができる。しかしながら、中国は必要以上の怒りを示し、自身の行動の政治的帰結を理解していないようである。
中国からの外交的抗議は台湾の世論をいかに変化させるのであろうか。
台湾が中国に対して態度を硬化させる理由
中国は「1つの中国」原則や反国家分裂法を掲げて台湾併合による中国統一を目指している。16年に民主進歩党の蔡英文(ツァイ・インウェン)氏が台湾総統に就任して以来、台湾当局は「1つの中国」原則に反対する態度を硬化させてきた。
特に、香港で19年から20年に起こった民主化デモに対する中国の対応は、台湾当局の政策的な態度を大きく変えさせた。中国は香港の民主化デモ隊を力で制圧した。20年6月30日、中国政府は中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法を制定し、香港における言論統制を厳格化した。
21年5月27日、香港立法会(議会)は、「愛国者」だけが選挙に出馬できるように選挙制度を改正した。その結果、1984年の英中共同声明で約束された、香港返還後の市民の自由を50年間保障する「一国二制度」は形骸化した。
「一国二制度」が50年間続けば、台湾問題を解決するうえでの前例になったかもしれないが、その可能性は完全に消滅した。台湾が次の標的になるのは当然であった。
中国の外交官たちは台湾を中国固有の領土として主張しつつ、2020年初期から攻撃的で挑発的な言動を声高に発する戦狼(せんろう)外交を展開してきた。これは台湾に向けた米国製軍事兵器の販売、台湾が国際社会に参加することを米国が支持していることに対して向けられてきた。
中国からの脅威が高まった結果として、21年10月10日、中華民国の建国記念日にあたる「双十節」の祝賀式典で、蔡総統は「台中間の緊張の緩和を望みつつも、台湾が中国の思い通りにならぬよう国防を増強し、自国を守る決意を示し続ける」などと述べた。中国国務院(政府)台湾事務弁公室報道官の馬暁光(マー・シャオグァン)氏は、蔡氏による、台湾の主権に関する主張に強く反対し、台湾の独立と二国論を展開するものであると非難した。
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