グローバリゼーションが新たな局面に入ったとみるダニ・ロドリック米ハーバード大学ケネディ行政大学院教授。世界中で政府主導による新たな産業政策のあり方に注目が集まる中、過去のやり方とは一線を画さなければいけないと警鐘を鳴らす。

(聞き手は広野彩子)

デジタル時代の産業政策のあるべき姿とは(トヨタ自動車の工場)
デジタル時代の産業政策のあるべき姿とは(トヨタ自動車の工場)

新型コロナウイルスに関して、日本では最近になって記録的な感染爆発が起こりました。政府にもっと役割を果たすよう求める意見も出てきています。

ダニ・ロドリック米ハーバード大学ケネディ行政大学院教授(以下、ロドリック氏):新型コロナが経済に長期的な影響を与えることは明らかです。特に、繰り返されたロックダウン(都市封鎖)が教育に悪影響を及ぼしてきたからです。

 比較的不利な環境に置かれた子どもや家庭が最も大きな影響を受けるという点で、極めて不平等な影響です。教育が失われたことにより人的資本(人が教育や経験の蓄積などで積み重ねてきた価値)が失われれば、一時的な損失にとどまらず、長期にわたり影響が続くことは明らかです。

ダニ・ロドリック(Dani Rodrik)氏
ダニ・ロドリック(Dani Rodrik)氏
米ハーバード大学ケネディ行政大学院国際政治経済学教授
1957年、トルコ・イスタンブール生まれ。英ハーバード大学を卒業後、米プリンストン大学で公共問題の修士号(MPA)、博士号(Ph.D.)を取得。米プリンストン高等研究所教授などを経て現職。専門は開発経済学、国際経済学、政治経済学。『グローバリゼーション・パラドックス』(翻訳=柴山圭太・大川良文、白水社)、『エコノミクスルール 憂鬱な科学の功罪』(翻訳=柴山圭太・大川良文、白水社)、『格差と闘え:政府の役割を再検討する』(オリビエ・ブランシャール氏と共同編集、慶応義塾大学出版会、2022年)など著書多数

 ほとんどの国の経済が今後も、長期的にその影響に直面し続けると思います。一方でコロナ禍は、我々のマインドセット(考え方)を大きく変えました。それまでも徐々に目に留まるようになってはいた動きが、新型コロナをきっかけに一気に表面化したのです。

 それこそが、「ハイパーグローバリゼーション」(注)への支持が、すでに失われていたということです。ハイパーグローバリゼーションは、すでに後退局面に入っていたのです。

(注)ハイパーグローバリゼーション:ロドリック教授の定義によれば、1990年代後半から2000年代初頭まで続いた、規模や範囲、進行速度において急激に進んだ「特定のグローバリゼーション」のこと。政治、経済、社会といったあらゆる領域におけるグローバル化。関税などのみならず銀行規制や知的財産権などに関する各国ルールの障壁を下げ、国際ビジネスの取引コストの引き下げが意図された。

 新型コロナの感染拡大、さらにロシアによるウクライナ侵攻が勃発したことで我々は、どのような世界経済モデルならば機能し、あるいはどのようなモデルならグローバリゼーションを達成できるのかということについて、深く考えさせられたと思います。

世界で見直しが進む「新自由主義」

 新自由主義と呼ばれてきた、1980年代から2000年まで主流であったアプローチが、世界中で全面的に見直されています。これは長期的な変化です。その中で、「政府による産業政策」という考え方の復活は、この新しい考え方の中で非常に大きな部分を占めることは間違いありません。

 世界経済は、数年前とはまったく異なる状況にあります。その変化の1つは、望ましい構造改革を推進する上で産業政策が果たす役割に、より真剣な関心が向けられていることだと思います。

 気候変動の問題、デジタル化の問題、良質な雇用の創出、労働市場のひずみ、サプライチェーンの再構築など、さまざまな政策課題があります。さまざまなトレンドが重なり合っているのです。

日本では、政府主導の産業政策に対しては懐疑的な見方も多いです。

ロドリック氏:そうですね、(モデルを)かなり根本的に見直す必要があります。政策の役割に対する市民のマインドセットも変わりました。