EBPMはスマホでもできる(写真=PIXTA)
EBPMはスマホでもできる(写真=PIXTA)

 「ビッグデータ」「ディープラーニング(深層学習)」、そして「ブロックチェーン」……。ここ数年、米国西海岸の「TシャツCEO(最高経営責任者)」たちが、高揚しながら早口でまくしたててきたバズワードを覚えているだろうか。こうしたバズワードたちは、最初こそSNS(交流サイト)に恐る恐る登場して人々の反応をうかがっていたが、反響ありとみるやまず大手経済メディアに登場し、そして一般紙の紙面に潜り込み、日本の丸の内や永田町のグレースーツの経営者や政治家たちの脳内にまんまと侵入することに成功した。

新たなバズワード「EBPM」

 今や、このバズワードたちは、大企業の中期経営計画や政府の骨太方針の文中にも、常連のような顔をして鎮座している。これらバズワードが伝える新技術は全く何の役にも立たなかったわけではないが、いずれも当初の熱狂的支持を失い、技術的詳細を知らずに語るには恥ずかしい言葉になりつつある。

 そしてこのバズワードに、証拠に基づく政策立案(EBPM、Evidence-Based Policy Making)という言葉が仲間入りをしたようだ。2016年ごろからはやり始め、今や国の全政策をまとめた、22年のたった数十ページの骨太方針に8回も「EBPM」が登場する(ちなみに、ビッグデータは1回、ディープラーニングは0回、ブロックチェーンは4回だ)。ときはまさにEBPM最盛期といえる。

エビデンスが、ない!

 EBPMは政策分野すべてを対象としている。消費税率の引き上げ、量的・質的金融緩和(QQE)の出口戦略、年金支給開始年齢の引き上げといった国全体が対象となるようなマクロ政策から、介護施設をどこにいくつつくるべきかといった自治体の施策レベルまで、多岐にわたる意思決定を証拠=エビデンスに基づいて決めようとしている。そして、それぞれの介入がどのような帰結をもたらすかを十分に予測した上で、最善の帰結を目指して政策を決定する必要がある。

 残念ながら、21世紀初頭の人類は最適なマクロ政策の選択に必要なエビデンスをほとんど持たない。財政学者や経済学者が最適な消費税率について合意に至る日は永久に来ないであろうことはこの数十年、経済論壇に付き合ってきた我々はよく知っている。では研究の蓄積を無視して北海道だけ先行的に税率引き上げを実施して差分の差分法で効果を見ればいいだろうか。そのような実験をやっても政治的に現実的ではないばかりか、安い食品を求める道民たちが本州に押し寄せるだけで、何の洞察も得られない。

 第一、都道府県別の消費実態を計測する術を日本政府は持っているのだろうか。データの問題は後述するが、計測能力にも大いに問題がある。EBPMを無理強いされた結果、測りやすいものから測り、因果効果でないものを因果効果として主張し、政策が混迷に至るというのが、今の状況から約束されたEBPMの未来である。

PBEに対する意識の欠如とは?

 「そんなことはない、最近流行っている行動経済学のナッジ理論を活用した実証実験は、まさにEBPMではないか」という声があろう。確かにそうだ。個人レベルで介入方法を変えることができ、かつランダム化してもあまり害がなく、チラシのように実験のコストが安ければそれは可能だ。

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