
「新しい価値(新サービス、新商品、新規事業)」の創造は今、どの経営者にとっても大きな課題になっている。
少子高齢化で国内マーケットが確実に縮小する中、「両利きの経営(米スタンフォード大学経営大学院チャールズ・A・オライリー教授らによる提唱)」でいう「深化(成熟事業を深める)」には取り組めていても、「探索(新規事業を推進する)」で苦戦している企業は多い。一体、どうすればいいのだろうか?
「アカデミック」と「ビジネス」をつなげる形で新価値創造の実践と研究を続けてきた筆者は、この問いに正面から取り組んできた。そして、この問いの答えを世に提供すべく、2022年8月1日に「大阪大学フォーサイト」という国立大学法人100%出資の子会社を立ち上げるに至った。
本稿では、特に「探索」に必要な「新価値創造の人材育成」、そして「組織と仕組みづくり」について、米コーネル大学の取り組みを紹介しながら解説したい。
筆者は1999~2001年に、コーネル大学大学院のデザイン環境分析学科に留学し、デザインを学んだ。デザインといっても絵を描くわけではない。そこでは、「新しい価値を発想する、という意味でのデザイン」の実践的な教育が展開されていた。デザイン思考という言葉がまだあまり広く知られていなかった時代の話だ。
コーネル大学の授業では、「幼稚園児の何らかの能力が伸びるおもちゃを作れ」といった課題が出される。そして、学生には以下の3つが求められる。
(1)必ず場に行き、人間の行動を観察し、一次情報を得ること
学生は幼稚園を訪問し、幼稚園児がどのように過ごし、どう遊んでいるかを詳細に観察する
(2)大学の図書館に行って、学術的知見を集めること
その時期の幼児が、どのような能力を伸ばす必要があるのか、先行研究を調べる
(3)「場で観察したこと」と「学術的な知見」を統合して、「新しい価値」を発想すること
「手先の器用さを伸ばす」ことが重要だが、手を使う機会が幼児には少ないので、「楽しく遊びながら手先の器用さが知らないうちに伸びるおもちゃ」を発想して実現する
筆者はこの「場で観察したこと」と「学術的な知見」を統合する方法論を「行動観察」と名付け、2001年から日本で展開してきた。「行動観察」に取り組んだことのある経営者や実務家の方も、案外多いのではないだろうか。
だが筆者の知るところ、新価値を発想するための方法論としての行動観察に取り組んでも、新しい価値を生むのにはどの企業も苦戦している。それには理由がある。
答えから考えるのは効率が悪い
新価値を発想するときに、「こういうことをすると面白いのでは?」といったように答えから考えがちだが、これは効率が悪い進め方である。なぜなら、本当に重要なのは、インサイト(洞察)だからだ。
では、インサイトとは何か。経営学者、故クレイトン・クリステンセン教授の「ジョブ理論」で紹介されている、「ミルクシェイク」の事例で説明しよう。
あるファストフードチェーンが、「ミルクシェイク」をもっと売るために「価格、量、味」について調査し、種々の変更をしたが、売り上げは変わらなかった。一方、店頭で行動観察したところ「午前9時前に1人でやってきた客がミルクシェイクだけを買って、店内では飲まず、クルマで走り去る」ということが分かった。
つまり、重要なのは「朝の通勤の間、目を覚まさせてくれて、時間をつぶさせてくれる」「運転に支障がなく、手が汚れず、昼まで腹持ちがする」ということであり、他のもの(コーヒーやドーナツ)では満たされないニーズがあったのである。
前者は「ミルクシェイクの仕様」という答えからの発想であり、後者は「ミルクシェイクに求められていることは何なのか」という問いに対する洞察からの発想になっている。
しかしながら、時間とお金をかけて新価値創造プロジェクトを実施しても、「仕様を微調整することでミルクシェイクをより売ろうとする」ように、「これまでの常識的な枠組みの中」にとどまるリニアな発想しか出ないことが多い。「新規性と妥当性を兼ね備えた、良いインサイトを出せるようになる」ためには何が必要なのだろうか?
一番重要なのは、「調査」としてではなく、「研究」のアプローチを用いて取り組むことである。「調査」として進めると、「場の観察」や「ワークショップ」はするものの、「これまでの平凡な解釈」と「(組織であつれきの生じない無難な)落としどころ」を見つけよう、となってしまう。
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