「科学的管理法」のルーツは、効率化ではなかった(写真:PIXTA)
「科学的管理法」のルーツは、効率化ではなかった(写真:PIXTA)

海外の研究者の間で、米国発の経営学に疑いの目を向け、歴史を見直す機運が高まっている。ニュージーランドのビクトリア大学ウェリントン経営学部のステファン・カミングス教授とトッド・ブリッジマン准教授は近年発表した論文や著書で、フレデリック・テイラーの古典『科学的管理法』や、心理学者アブラハム・マズローの「マズローの欲求5段階説」など、これまで世界に影響を与えてきたいくつかの概念を検証し、疑問を投げかけてきた。なぜこのような研究を続けているのか、2人に話を聞いた。

米国発で世界に広まってきた経営学を再構築する研究をしていると聞きました。なぜですか。

ステファン・カミングス・ビクトリア大学ウェリントン経営学部教授(以下カミングス氏):まず、人間はすべてのことを管理してきたと仮定するなら、なぜ経営学が、経済学に基づいた欧米の白人男性の視点だけに注目しなければならないのでしょう。もっと別の視点があるのかもしれないのに。

 特に今、世界は気候変動の危機に直面しており、人々は持続可能性に対してより関心を寄せています。私たちは最近の論文で、経営学のスタートとされる「科学的管理法」(注)という言葉を最初に世に出したのはフレデリック・テイラーだったわけではないという事実を明らかにしました。正しくは、経営のパーパス(社会的意義)は経済的な効率ではなく「社会的な効率」だと主張した法学者、ルイス・ブランダイス氏だったのです。

注 20世紀初頭にテイラーが提唱。工場の作業を標準化し、効率を重視する労働管理法を指す。現代的な経営学のスタート地点とされることが多い。

 「社会的な効率」とは、地域社会での人々の暮らしやゴミの削減、持続可能な生活、自然保護といった観点の、まさに「ウェルビーイング」(お金にできない豊かさ)のことを指していました。

科学的管理の元来の目的は「ウェルビーイング」

 このブランダイスのもともとの主張が注目されなかったのは、1950年代、米国の白人経営学教授たちが経営の歴史を書いたとき、ウェルビーイングが彼らにとって興味の持てるものではなかったからです。彼らは、その時点で「科学的管理法」のうち、自分たちのモノの見方を補強する部分だけ取り上げたのです。

テイラーの「科学的管理法」を近代経営学の出発点とする教科書も多いようですが、違うということですね。

カミングス氏:人類が常に「経営」しながらこれまで生きてきたことを考えると、どこから歴史を始めるかは、歴史を書く人の気質や視点によってさまざまになるということです。

 またブリッジマン准教授と私は、一般に経営史の執筆者が白人で、西洋人、つまり欧州か米国の人で、男性で、経済学者、あるいは経済学的なバックグラウンドがある理由に関して、たくさん研究してきました。

 そもそも経営学で語られる内容はかなり西洋が作り上げた「型」に基づいています。製造業寄りで、19~20世紀的な視点です。ブリッジマン准教授と私、そして同僚たちの研究のテーマは「なぜ、そのような視点を優先しなければならないのか」という問いでした。

経営に重要なのは、効率だけではない

 私とブリッジマン准教授は、テイラーが「マネジメントの歴史」を初めてつくったとか、(心理学者の)アブラハム・マズローが「モチベーションを表す5段階のピラミッド」を作ったといった歴史的な前提に目を向け、「それは本当に正しいのか」と問いかける仕事を手掛けてきました。

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