事件は国民の投票行動にどれほど影響を与えたのか(写真=Shutterstock)
事件は国民の投票行動にどれほど影響を与えたのか(写真=Shutterstock)

 安倍晋三元首相が街頭演説中に襲撃されたという衝撃的な事件。その直後に参議院選挙の投票日を迎えた。果たして、この事件は、選挙結果にどのような影響を及ぼしたのだろうか。いまだ事件の衝撃が冷めやらぬ中ではあるが、少し心を落ち着けて、政治経済学者の視点から論考してみたい。

 ちなみにこの「政治経済学」という言葉、一般にさまざまな意味で使われるが、ここでは、経済学の一分野のことを指す。日本ではまだあまり知られていない比較的新しい分野だが、端的に言うと、政治的な事象を、経済学的に分析する分野だ。他と区別する意味で、「新しい政治経済学」と呼ばれることもある(より詳しくは、近々日経BPより出版される拙著をご覧いただきたい)。

旗下効果は見られたか

 このような事件を受けて、恐らく多くの方の関心の一つは、今回の事件が、果たして政権・与党や、ある特定の政党の票を増やすのか、あるいは減らすのか、ということだったのではないかと思う。政治学や経済学の分野ではこのように、ある事象が選挙結果に及ぼす影響について、その事象の内容に応じて、さまざまな理論的解釈があり得る。以下では、ラリー・ラウンド・ザ・フラッグ効果(日本語では、旗下結集効果とも。以下、旗下効果)と、国民の右傾化(以下、右傾効果)という、2つの効果に着目する。

 まず、旗下効果とは、「旗」という、国家をほうふつとさせる言葉が表している通り、ある事件・事象が、国民の心に愛国心や団結感のようなものを醸成し、それが短期的に、その国の政治的リーダー(大統領、首相など)や、政権・与党の人気に反映されることを指している。

 もともとは、ジョン・ミューラーという政治学者が、米大統領の人気度を分析した論文の中で使った言葉だ。 彼は、国際的な危機などが、大統領の人気度を短期的に押し上げることを指して、旗下効果と呼んだ。現在では、厳密に「国際的な危機」に限らず、より広く解釈されているという印象である。

 例えば、新型コロナウイルスのまん延と、現職の政治的リーダーの支持率の関係を分析した最新の研究がある。 この研究では、日本を含む11の国や地域から集められた個人単位のデータが使われた。結果、国によってバラツキはあるものの、データ全体で見てみると、コロナ感染者数と支持率は、正の相関をしている、ということがわかった。

 日本でも、国難を乗り越える、というような言葉が使われることがあるが、感染症という「国難」の存在が、現職のリーダーにとって有利に働いた可能性を示唆している。ただし、著者らも論文の中で断っているように、これはあくまで相関を示した研究であり、コロナ感染者数が増えると支持率が上がる、というように因果的に解釈はできないという点は、注意が必要だ。

 一方、「国難」が、政権等の支持に悪影響を与える場合もある。2004年3月、スペインのマドリードにおいて、イスラム過激派による爆破テロ事件が起こった。研究によると、たまたまその数日後に行われた選挙では、むしろ政権の支持が減ったことがわかっている。

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